新作は、新美南吉の名作『ごんぎつね』に関する謎!
今年の5月には新潮文庫から『ごんぎつねの夢』が刊行された。15年ぶりに開かれた中学校のクラス会に、散弾銃を持った男が乱入し参加者を人質に取る。男はSATにより射殺されるが、かぶっていたキツネ面の下から現れたのは、不祥事によって退職した元担任の顔だった。人質になった教え子のノンフィクションライターは、元担任が残したメッセージに従い、新美南吉の『ごんぎつね』に関する謎を調べ始める。
「新美南吉の『ごんぎつね』は1956年に初めて小学校の国語の教科書に採用されました。80年代以降は現在までほとんどすべての教科書に載るようになりました。ある年代から下の人はみなこの物語を知っており、小学校の時にあの衝撃的なラストに出会った経験があるはずです。私は昔から新美南吉が大好きで、「ごんぎつね」は素晴らしい作品だと思っていますが、あの結末はどうなのかという思いがありました。
新美南吉は妥協の作家と言えるでしょう。30年に満たない生涯の中で、辛い体験をいくつもし、折り合って生きてきた。小説の中にも書きましたが、『ごんぎつね』が雑誌「赤い鳥」に掲載された時に、雑誌の主宰者の鈴木三重吉が原稿に大幅に手を入れたと言われています。当時の児童文学の世界では有力者だった鈴木三重吉に、まだ10代の駆け出しだった新実南吉が逆らうことはできなかったでしょう。
思うようにならない現実の中で、どのように生きていけばいいのかという問を貫いてきた彼の作品を読みこんでいくと、人間とはお互いに理解し得ない存在だという諦念が読み取れます。でも仲良くしたい、認め合わなくてはいけない、現実世界から離れず妥協しながらも、その上でより良く生きていこうというテーマが読み取れます」
元担任の射殺というショッキングな現実と、残酷な結末が待っている童話の謎。この二つが見事に結びついていく。
「陳腐なハッピーエンドではない『ごんぎつね』の新たな結末とは、どのようなものであるのか。当然ながら作者である私が書いたフィクションですが、原作の不満点を解消した、本物であってもおかしくないものを用意できたのではないかと思います。大それた作者の思いを読者はどう受け止めてくれるのか、それが楽しみです」