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「SMAPからも世の中からも必要のない存在になっちゃう」90年代、『スマスマ』絶頂の裏で鈴木おさむが抱えていた“嫉妬と焦り”

2024/06/21
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SMAPに関わって感じていた“嫉妬”

岡村 エキサイティングだったでしょう、そのど真ん中にいて。

鈴木 それはもう。ただ、僕は彼らの番組にほぼ全部関わらせてもらいましたが、ドラマだけはやってなかったんです。だから、僕の中でいちばん嫉妬して焦ったのが、ドラマスペシャル『古畑任三郎vsSMAP』。三谷幸喜さんはなんて面白いことを考えるんだろうと。そして、飯島さんが三谷さんのことを褒めれば褒めるほど、内心「なんだよ!」と(笑)。

 アートディレクターの佐藤可士和さんもそう。SMAPのアルバムジャケットを手がけ一気にブレイクするんですが、彼の名前が有名になればなるほど、「なんだよ!」と(笑)。

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 ただ、三谷さんはもちろんですが、可士和さんもそれ以外の仕事もすごい。僕はSMAPだけをやっていたらそのうち彼らからも世の中からも必要のない存在になっちゃうなと。だから当時、『めちゃ×2イケてるッ!』も並行してやっていたことが本当に身になったんです。お笑いのすべてをプロデューサーの片岡飛鳥さんに教わりましたから。

岡村 俺はSMAPだけの鈴木おさむじゃないぞ、と。

岡村靖幸さん

鈴木 実際、『いきなり!黄金伝説。』という『電波少年』っぽい番組を始めたり、『¥マネーの虎』という番組を始めたり。『¥マネーの虎』は起業を目指す人が投資家に事業計画をプレゼンして出資を募る番組ですが、すごく褒められたんです、SMAPのメンバーに。タレントに頼る番組ではないものが当たったのはうれしかったですね。

原動力となっていた、1億金を超える「実家の借金」

岡村 おさむさんがいちばん忙しかった頃は、SMAP関連の番組をやり、片岡飛鳥さん関連の番組をやり、加えて『笑っていいとも!』とか『27時間テレビ』とか。当時話題になった番組はほぼすべて関わっていた。睡眠時間なんて全然なかったんじゃないですか? 

鈴木 なかったです。実家の借金もありましたし、自分を追い込んでいた部分もあって。だいたい、放送作家の収入として月200万とか入ってくるようになるわけですよ、20代で。するとだいたいみんな勘違いするんだけど、僕は借金があるから遊べない。その足かせがあって良かったなといまは思います。とはいえ、月に百何十万とか返済に充てなくちゃいけない。

鈴木おさむさん

岡村 それは厳しいなあ。

鈴木 銀行、消費者金融、商工ローン。商工ローンって問題が多くて年39%もの利子がつくんです。毎月100万ずつ利子が増えるから、もう必死。俺の人生は破天荒だと思い続けるしかなかった。本当に破壊してました、自分自身を。