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枠から外れ移り変わる作風

 デ・キリコが打ち出した形而上絵画は、当時のアーティストたちに相当のインパクトを与えた。目の前にあるものから考えを起こし、現実を凝視し突き抜けていくことで、まだ見ぬ世界へ行き着こうとする方法論は大いにもてはやされ、1920年代に台頭する芸術界の一大潮流シュルレアリスムを生み出すきっかけとなった。

 ならばもう大御所然と構えていればいいとも思うが、デ・キリコはそうしない。形而上絵画をしばらく続けたのち、大きく舵を切り画風を転換してしまう。ルネサンス期イタリアの巨匠ティツィアーノの作品を美術館で観たことに想を得て、古典的な絵画技法に立ち戻ることにした。

《風景の中で水浴する女たちと赤い布》は、古典技法時代の作品となる。細部を装飾的に描き込むスタイルは、かつて一世を風靡したバロック様式に倣っている。ただしいくら古典に沿って描いても、デ・キリコの手になるとどこか不穏な空気が漂う。ひた隠そうとしたって、どうにも「らしさ」が滲み出てしまっている。

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《風景の中で水浴する女たちと赤い布》1945年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団(ローマ)

 なぜデ・キリコは、評価を得た作風を捨ててまで、古典に回帰したのか。おそらくは、メインストリームに乗ることを、本能的に忌避したのである。自身が始めた形而上絵画が受け入れられ、それを契機に前衛芸術がもてはやされる世の流れができてくると、そこからはみ出したくなった。

 だれも足を踏み入れていない新たな道をいつも模索すること。それが表現者としてのあるべき姿だと考えていたのではなかろうか。

 その証拠となるかどうか、デ・キリコはのちにさらなる作風転換をおこなう。なんと80歳になってから「新形而上絵画」と銘打ち、かつて自身が展開した形而上絵画を新解釈した作品を発表し始める。

《ヘクトルとアンドロマケ》や《球体とビスケットのある形而上的室内》はその作例である。若いころに探求した形而上絵画の流れを汲みながら、よりいっそう複雑で迷宮じみた夢の世界を、画面内に創出している。

《ヘクトルとアンドロマケ》1970年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団
《球体とビスケットのある形而上的室内》1971年 ジョルジョ・エ・イーザ・デ・キリコ財団

 生涯を通して個性を貫き、また変わり続けた真のアーティストの全貌を、会場でじっくりたどってみたい。

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デ・キリコ展
会期:4月27日~8月29日
場所:東京都美術館
https://dechirico.exhibit.jp/