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カズレーザー、北方謙三に痺れる!『黄昏のために』刊行記念対談「ハードボイルドの流儀」

カズレーザー、北方謙三に痺れる!『黄昏のために』刊行記念対談「ハードボイルドの流儀」

『黄昏のために』(北方謙三)

source : オール讀物 2024年7・8月号

genre : エンタメ, 読書

note

無限の嘘

カズ 「開花」も読んでいてすごく痺れた一篇です。主人公が、老女と夜顔の開花を待ちながら、ちょっとしたやり取りをしますよね。それで、老女が「そろそろ、黙ろうか。話してると、恥ずかしがって、開かないかもしれない」と言う。人に面と向かって「黙れ」と言えるのがいいし、「開かないかもしれない」というのも、ずるい言い方だと思うんですよね。話してるから花が「開かない」って根拠が薄いじゃないですか。自分が言われたらもっと腹立つ気がするのに、読んで納得してしまうのは、やっぱり人間の説得力が出るんだなと思って。

北方 そこは全然考えなかったな(笑)。

カズ すごく印象に残ってる言葉なんです。真似したいけど、実際に言ったらたぶん相手に怒られる。これはやっぱり文字じゃないと出せないセリフだなと思ったんですよね。

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北方 絵は言葉を飛び越えて、直接的な感性、絵画観がパッと浮かぶ。小説の場合は、必ず言葉、論理を介在させなきゃいけない。言葉を組み合わせて、文章を作るところが、一呼吸、絵とは違うんですよ。この本で、その違いをあえて私は楽しんだとも言えます。

カズ たぶんこの絵描きの主人公も、自分の意思が本当に伝わっているかわからないところがあるじゃないですか。絵は自分が作品にした時、離れていっちゃうから。文字はまだ自分と相手との間に入る余地がある。自分の言葉で説明できる余地があるじゃないですか。そこって似てるようで、全然違うような……。

北方 違う表現物なんですよ。絵はチラッと見たらそれでわかっちゃう。つまり、俗に言えば勝負が早い。小説は読まないとわからないから。

カズ でも、生む苦しみは似ている部分もありますよね。

北方 それは何でもそうでしょう。カズさんが何か新しいことをやろうと思われた時は、やっぱり苦しまれるでしょう。

カズ 読んでて自分のことを反省した部分があって。「このところ、知っている店に行くことしかしない」というくだり。僕も同じ店ばかり行っちゃうんです。

北方 ああ、あったな。想像力がない時は、つい、同じ店ばかり行ってしまうんですよ。

カズ あと、夜中にふらふらと何の意思もなく歩いているのに、結局、見覚えのあるところに戻ってきているという文章もすごくいいなと思って。自分の体は居心地がいい場所をやっぱり覚えてる。それが人間としてはいちばん楽な反面、楽ばっかりしちゃってると新しいものが生まれなくなるジレンマもありますよね。人間は、どこかで腹をくくらないと新しいものを絶対作れないから、苦しむんだなって感じました。でも、僕は今、結構同じことばっかりやってしまってる自省があるんです。気がつけば同じ飯ばっかり食ってますし。

北方 私もそうですよ。

カズ でも、小説家は、同じ仕事とは違うじゃないですか。毎回違うものを生み出されるじゃないですか。