初小説『パーマネント・ブルー』が話題のEXILE / EXILE THE SECONDの橘ケンチさん。その橘さんの背中を押したのは、作家の北方謙三さんだったといいます。

 先日、直木賞の選考委員も退任され、小説執筆に向けてますます意欲を燃やす北方さんが“新人作家”橘ケンチを叱咤激励! 「噓に怯むな」「情念を書け」(全2回の2回目/最初から読む

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自分が自分でなくなることを恐れるな

北方 小説って、どんな陳腐なストーリーであったとしても、人間にリアリティさえあればそれが「本当のこと」になる。要は小説って、人が立ち上がればいいんです。だから暗いものを表現したければ、一生懸命噓をついて、暗い情念にとらわれた人間を書けばいいんです。だいたい実際の人生なんて、陳腐なことばっかりなんだから。

 「自分が思っている自分」ではない人生を想像で書けばいいということでしょうか。

北方 人間って、自分がこうだと思っている以外の自分っていうものを必ず肉体に宿しているんですよ。お化けみたいなものを。だから、自分が自分でなくなることを恐れないで書くことですね。違う自分だって絶対いる、と思ってさ。

 北方さんも、「自分ではない自分」を認識されているんですか?

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北方 この年齢になると、もう真実があるのは小説の中だけなので、小説の世界が広がりさえすれば「自分」なんてどうでもいい。だからいまは認識していないです。いまの俺にとって、生きることは書くことで、書くことが生きることなので、いまここで橘さんとお話ししている自分も、全部噓ですよ。噓。

 たとえるのもおこがましいですが、僕はたまに、「ステージ上で踊っているときの自分にしか真実がない」と思うときがあるんです。そういう感覚なのでしょうか。

北方 そうかもしれない。「踊る」ということだけにとらわれていたら、踊ることでしかその真実を表現できない。でももし、そこでつかんだものを言葉で表現できるようになったら、橘さんはダンスじゃないことでも人間が描写できるようになりますよ。そういう意味では、橘さんが次に書く小説はテーマがダンスじゃなくてもいいかもしれないね。

 僕もそれは少し考えました。