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「ヒグマが突進、死ぬほど怖かった」“子連れグマ”との距離は数メートル、手が震えて…動物カメラマンが恥を忍んで告白

二神慎之介さんインタビュー #2

2024/06/30

genre : ニュース, 社会

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――ヒグマのブラフチャージの話はよく聞きますよね。突進されたけど、襲われまではしなかったという。最終的に、どれくらいの距離まで詰められたのですか。

二神 2メートルか3メートルぐらいだったと思います。上から見られた感じがあったので、確実に5メートルは切っていたんじゃないかな。あのとき、初めてヒグマの怖さを思い知りました。生物としてヒグマとの上下関係を本能に刻み込まれましたね。おそらく殺すつもりはなかったと思うんです。威嚇ですよね。関西弁で言うと「たいがいにせいよ」と。「子どももおるのに」って。そう、ヒグマが僕に教えてくれていたんだと思います。でも、僕からしたら死ぬほど怖かった。おそらく背を向けて逃げ出したら、殺されていたと思います。すぐに車が置いてある道路まで戻ったのですが、車の前でへたり込んでしまって。そのときは車に乗り込めないくらいに消耗していました。

二神は親子グマは必ずしも危険なわけではないと話す。「のんびりしている母グマもいるんですよ。ただ、子グマと一緒にいる母グマの行動は予想ができない。常に最悪のことを想定しなければならないから、危険度が高くなるという感じなんです」 ©二神慎之介

――直前までシャッターは切っていたのですか。

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二神 こちらに向かってきているときもまだ撮っていました。今は、そんなこと絶対しないですよ。ただ、毛が逆立っていたし、距離が20メートルを切ったあたりで、これはやばいと思ってやめました。ただ、その写真はすごく美しいんですよ。ハラハラと雪が降っていて、倒木を乗り越えて、こちらに向かってきている写真なんですけれども。ただ、あれはどこにも発表できないですね。

――それはなぜですか?

二神 あれは僕のミスだし、写真家としては本来、あってはならないことだと思うんです。それと、完全に怒っているクマの顔を出したくないというのもあります。あの写真を出したら武勇伝にしかならない気もするんですよね。こんな危険な目にあっても撮った写真なんだ、と。あれは自慢話にしちゃいけないと思っています。

クマ恐怖症は花粉症に似ている

――一度でもヒグマに襲われかけるという経験をしたら、動物カメラマンをやめたくなりそうな気もしますが。

二神 初めて(ブラフ)チャージを受けたときは、その日はもうダメでした。でも翌日か、翌々日には、また山に入っていましたね。ただ、2017年か2018年ぐらいかな、クマが怖くて仕方なくなった時期があるんです。2018年夏はシーカヤックに乗ってヒグマの撮影をしました。表向きは海側から撮りたいという理由だったのですが、実はクマが怖かったんです。クマの気配がギューッと詰まった森の中に入っていくことができなくなってしまって。別に何か危険な目に遭ったというわけではないんです。その頃には危機回避能力もかなり高くなっていたので。

 おそらく恐怖症って花粉症に似ているんです。大なり小なりヒグマの圧倒的な存在感に本能を傷つけられていると、あるとき、その恐怖心が許容量を超えてあふれ出してしまうというか。