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――スプレーはいろいろな弱点を指摘する声もありますが、実際のところ、どれくらいの撃退能力があるものなのでしょうか。

撮影中に携行しているクマスプレー。「僕は全部で5本持っているのですが、1本目は妻のプレゼントです。ボロボロなんだけど今も捨てられないんですよ」と二神は笑う ©中村計

二神 僕は実際に使ったことまではないのですが、近年は数件ですがクマスプレーで撃退したという報告もあります。なので、一定の効果はあると思います。ただ、クマスプレーの弱点として、早撃ちができないんですよ。ホルダーから取り出して、ストッパーを外さないと噴射できないので。

――私が二神さんと北海道の山を一緒に歩いているときも、両サイドに茂みが迫っているような場所で腰のホルダーからスプレーを取り出して、構えていましたもんね。私も後ろで真似して構えていました。

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二神 ああいう場所でヒグマと鉢合わせしてしまったら、準備しておかないと、もうアウトなんですよ。

――昨年、クマの事故が相次いだことにより、今年からヒグマとツキノワグマが「指定管理鳥獣」に指定されるなど、ここにきて人とクマの関係が急速に変化しています。そんな中、「共生」という言葉が多く聞かれるようにもなってきましたが、二神さんの実感としてクマとの共生は可能だと思いますか。

二神 少し厳しい言い方をすると、僕は「共生」という言葉は生ぬるいんじゃないかなと思っています。作家の熊谷達也がマタギを描いた小説『相剋の森』の中で〈山は半分殺してちょうどいい〉という言葉を使っているんですけど、もし共生という理想郷がありうるとしたら、自然に全力で抗って抗って、ようやく手に入るという種類のものだと思います。昔の人は畑を守るために鉄砲撃ちを雇っていたわけですから。ただ、人間の殺傷能力が高くなり過ぎて、一時期ヒグマは絶滅寸前まで追い込まれてしまった。減り過ぎたので保護の方に針が振れたわけですが、今度は増え過ぎてしまった。それが今の状態だと思うんです。

木の上にいることが多いツキノワグマ。ツキノワグマを撮るようになった二神は「木の上を見る癖がついて、北海道でシマフクロウ(日本最大のフクロウで、絶滅危惧種)を見つけられるようになったんです」と意外な副産物を語る ©二神慎之介

街中にもクマが出没してパニック

――人に危害を加える可能性のある野生動物を適正な頭数で維持するというのは、本当に難しいんでしょうね。ひと昔前まで、北海道の人でもヒグマなんて生涯、一度も見たことがないという人がほとんどだったらしいですもんね。

二神 大昔、ヒグマを見られることが当たり前の時代があった。次の段階として、見ることはなくなったけど感じることはあるという時代になった。つまり、気配ですよね。山に入ると足跡があるとか、植物をむさぼった跡があるとか。ただ、それを過ぎると不感症というか、クマを感じ取ることができない時代になってしまう。そういう時代になりつつあったタイミングで昨年、街中などにクマが出没したからみんなパニックになってしまったと思うんです。僕はクマの姿は見たことないけど、感じられるという関係性がいちばん理想だと思うんですよね。

クマを撮り始めた最初の2年はほとんどクマに出会えなかったが「痕跡を見ることでクマの行動を勉強することができた」と二神はいう ©二神慎之介

――適正な距離ということですね。ただ、現代人の中には生き物を殺すというだけでアレルギー反応を示す人たちもいます。

二神 僕の知り合いが言っていたのですが、現代人は死ぬことを許さない、と。死を嫌うとか、死を怖がるというのは普通のことだと思うんです。でも、死を許さないというのは異常な心理状態だと思います。