45歳のとき、20年勤めた大企業・デンソーを早期退職した畔柳茂樹さん。ブルーベリー農園『ブルーベリーファームおかざき』を開業し、売上5000万円達成。今では、ひと夏に1万人が訪れる地域を代表する観光スポットとなっている。
そんな畔柳さんは、なぜ大企業を辞める決意をしたのか。会社員時代、どんな苦悩や葛藤を抱えていたのだろうか。ここでは、畔柳さんの著書『会社から逃げる勇気 - デンソーと農園経営から得た教訓 -』(ワニブックス)より一部を抜粋して紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く)
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うつ病を身近に感じる
事態はますます深刻になった。自分の体に起きた変調は、眠れないことだけにとどまらなかった。自分の不甲斐なさや将来の見通しが立たないことへのやり切れなさを強く感じるようになり、気持ちがどんどん自分の内側に向き始め、「なんてダメな自分なんだ」と自分で自分を責めるようなった。自宅から最寄りの駅まで車で通っていたが、帰宅途中の車中で、自分の中にたまっていたやりきれない想いが一気にあふれ出してきた。
それは車中で奇声を発するという形で現れた。「ウォーーー」「ちくしょう」「このやろう」「自分はダメな人間だ」こんなネガティブで汚い言葉が次から次へと口から出てきて、大きな声で叫んでいた。“家族に心配をかけたくない”という思いもあって、家に帰る途中、誰にも気づかれず迷惑をかけないように、たった1人の車中で奇怪な行動に至ったのだと思う。こうして「眠れない」「奇声を発する」という深刻な事態が日常になっていた。世間で言われているうつ病が他人事ではない、ごく身近に感じられた。
会社内の身上相談室の門を叩く
この自分の体に起きた変調を放置しておいてはいけないと感じ始めていた。まずは社内にある2つの相談室「身上相談室」と「メンタルヘルス相談」の門を叩いてみることにした。これらは会社内にありながらも、相談したことはあくまでシークレット扱いだと聞いたので行ってみた。以前はこのようなところにお世話になるとは夢にも思わなかったが、このときに至っては、少しでも事態が改善すればと、すがるような想いで足を運んだ。