確かに、棚割の違いによる売れ筋を把握しようと許可なく店頭で写真を撮影するという法的に問題含みのシステムの失敗は宏之の不手際だ。ただ、損失額が辞任に相当するほどのものかというとそうとも思われない。創業家出身の役員であればなおさらで、宏之が辞任要求に納得しなかったのは当然だった。
「はい、それでは株式会社ロッテホールディングスの取締役会をこれから開催いたします」
議長の佃はそう開会を宣言し、さっそく本題に入った。
「宏之副会長におかれては辞任されますでしょうか?」
「いたしません」
宏之はそう撥(は)ね付けた。
「辞任されません?」
佃が念押しすると、宏之はもう一度、「しません」と言い、少し後には「未来永劫(えいごう)しません」とも語気を強めて反発した。
宏之副会長解任の可決
「ということであれば、ここで決議をとらせて頂きます。それではこの議案に賛成の方、挙手をお願いします。はい」
佃が採決を諮ると、宏之以外の取締役4人の手が次々と挙がった。佃は「いかがでしょう?」と電話の向こうの昭夫に尋ねた。
「賛成させて頂きます。大変心苦しいんですけれども会長(=武雄)の命令、ご下命でもありますので賛成させて頂きます」
昭夫は恭しくそう答えた。
「はい、そうしますと、ここにおられる4名とそれから昭夫会長(=韓国ロッテ会長を指す)お一人、計5名が賛成と、こういうことで確認させて頂きます。よろしゅうございますね。賛成多数で宏之副会長を当社副会長職から解任する決議は可決されました」
ここに宏之のロッテグループからの追放が決まった。ただ、それは長く続く骨肉の争いのほんの始まりに過ぎなかった。
用意周到に練り上げられた追放劇
今日、この追放劇は韓国ロッテ幹部の後押しにより昭夫が腹心の部下で三和銀行出身の小林正元(こばやしまさもと)と取り計らって用意周到に練り上げたものだったとの見方がある。日韓ロッテグループの資本構造上、その司令塔となっているのはロッテホールディングスだ。ホテルロッテを出資窓口に各社が「循環出資」で株式を持ち合う韓国ロッテは、それに首根っこを押さえられている形である。
いまほど見たように、歴史的経緯もあり、ロッテホールディングスの取締役会は日本人が独占する。いまや事業規模で日韓は完全に逆転しており、この状況に韓国ロッテの幹部が不満を持つことは無理からぬことだった。そこで昭夫を取り込んで、支配構造の日韓逆転をもくろんだというわけである。