「変な考え持ったら、お前もすぐに辞めさせるから」
佃に解任を言い渡した翌日、武雄は小林の解職を求める書面にもサインしている。そしてさらに4日後の7月8日、自室に昭夫を呼び出した。ここでも宏之が同席していた。
武雄「座れ!」
昭夫「はい」
武雄「バカ野郎!」
この日、武雄が問い質そうとしたのは中国事業における多額の損失だった。昭夫の主導により韓国ロッテは中国で百貨店やスーパーの大量出店を進めていたが、赤字続きで決してうまくはいっていなかった。損失の総額は数年間で1000億円以上に上っていた。
武雄の叱責に昭夫は少しの抵抗を見せたが、最後は平身低頭といった態度だ。やがて話題は佃のことになった。解任を言い渡したものの、佃はまだ辞めておらず、この日は関西方面の得意先回りで出張中とのことだった。小林もまだ辞めていなかった。
「これ、辞めさせたのか?」
そう武雄が問い詰めると、昭夫は佃と小林の辞表を自分が預かっていると答えた。父親は息子に対し諭すようにこう続けた。
武雄「とにかくね、昭夫、いいかい。お父さん言うけど、お前も変な考え持ったら、お前もすぐに辞めさせるからな」
昭夫「はい、ええ」
武雄「お前はロッテを全部――、そういう才能を持っていない。分かっているから」
昭夫「分かっています。ええ」
同じようなやりとりが繰り返され、武雄はこう念を押している。
武雄「お前、俺が言ったこと覚えとけよ。お前、また裏でやったら、すぐにお前ほっぽり出すからな」
昭夫「わかりました」
偉大な父を前に息子は絶対服従の態度に終始した。しかし、この直後から昭夫の心の奥底では大きな変化が生じることとなる。それまで昭夫はことあるごとに宏之解任は父・武雄の命によるものだったと強調していた。が、そんな儒教的慣例に根ざした理屈など投げ捨て、宏之との関係を強める武雄を排除する方向に舵を切ったのである。