「院長を含めて、誰も気づきませんでした」
誰かに責任をとらせることはともかく、当の院長はどう考えているのか。これほど陰惨な虐待行為がなぜこの組織で起きたのか、形ばかりのコメントからは、事件の概要すらわからない。
記者たちが立て続けに事務長に質問をぶつけると、しぶしぶの態度で答えた。
「ですから、病院でもそういったことが起こらないように、これから改善していかなくてはいけないということで……、看護師の間でもどういった問題点があるのか、今後、出し合って改善したいと思っています」
――今日まで、たいしたことのない事件だと思っていたのでしょうか?
「いえいえ、それはもう……。(前年末に)警察から不適切な行為があったと聞き、重大な話だと認識していました」
逮捕された6人は仲が良く、勤務態度に問題は確認されなかったという。県警から昨年12月に集団虐待の疑いを知らされるまで、他の職員は同僚たちの行為に気づかなかったのかと問うと、事務長は考え込みながら、
「院長を含めて、誰も気づきませんでした」
と、沈痛な口ぶりで強調した。
逮捕された看護師たちはよほど巧妙に人目を盗み、ばれないように虐待行為を繰り返していたのだろうか……。
◆◆◆
発覚から4年後、取材班は書籍を出版すると伝えに再び病院へ出向いた。
なぜ、あんな凄惨な事件が起きたのか。なぜ、同僚の犯罪行為を止められなかったのか。職員たちは今も考え続けている。第2、第3の神出病院事件と言われるような、精神・知的障害者らを巡る虐待事件は全国で後を絶たない。
神出病院は事件後、幹部を総入れ替えし、数々の組織改革を進め、現場発の先端医療を手掛けている。看護師の1人がこぼした。
「事件が発覚しなければ、私たちはどうなっていただろう」
組織の中で「個人」はいかに弱いか――。ルポ本編では、職員たちの置かれていた状況を社会心理学の観点からも解きほぐし、組織で働く人間ならば、誰もが加害者になり得る――という事件の構造に迫る。