7月8日は北朝鮮の金日成主席が1994年に死去してから30周年にあたった。2014年の20周年、19年の25周年に続き、今年も金正恩総書記が参加して金日成広場で中央追悼大会が行われた。2011年末に十分な準備もなく、最高指導者になった金正恩氏は従来、偉大な祖父を模倣することで求心力を維持してきた。オールバックにした髪型、恰幅のよい体形、よく着用する薄いグレーの背広、麦わら帽子をかぶって一般大衆が働く農場や工場を視察する姿などなど、枚挙にいとまがない。
現代でも祭事(チェサ)や、孝行の道を意味する孝道(ヒョド)にうるさい北朝鮮で、追悼大会を派手にやったことは当然としても、最近、金正恩氏の「ジジ離れ」を思わせる動きが相次いでいる。その1つが「金正恩バッジ」の登場だ。6月30日付の労働新聞が、前日の朝鮮労働党中央委員会拡大総会の様子を伝えたが、幹部たち全員が金正恩バッジを着用していた。従来は、金日成主席と金正日総書記の2人が並んだバッジが一般的に使われていた。
バッジをつけないと、「生活総和」の場で厳しく批判される
北朝鮮で初めて「金日成バッジ」が登場したのは1970年代初めだった。金正日氏が内定していた後継者の地位を確実なものにするため、父親の神格化を進めた。バッジはそのための道具の1つで1972年4月の金日成氏の還暦までに、子供を除く北朝鮮市民全員にバッジが行きわたった。北朝鮮の狡猾なところは、法律で強制するわけではなく、あくまで「忠誠心の証」として市民が自発的にバッジを着用しているというナラティブ(物語)を作ったところにある。バッジは市民が10代半ばになって青年組織に入ると同時に渡される。外出の際につけないと、毎週末などに行われる、強制的な反省会である生活総和などの場で、厳しく批判される。
日本でも2021年に公開されたドキュメンタリー映画「ザ・レッド・チャペル」(マッツ・ブリュガー監督)では、北朝鮮の通訳兼案内人の女性、ミセス・パクが金日成バッジについて「これは売り物ではない。つけることができたら名誉だと思うべきだ。いつも心臓の近くにつけるのだ」と説明する場面が出てくる。