*****これは文春野球コラム ペナントレース2018の記事である*****

 去る4月27日、韓国と北朝鮮の間にある休戦ラインにある板門店で、南北首脳会談が行われた。2000年に最初に行われた朝鮮半島南北両国間の首脳会談は、今回で3回目、2007年以来、実に11年ぶりとなった。会談冒頭、両国首脳、つまり金正恩と文在寅が握手を交わした場面をはじめとしたこの会談の様子は、随所で世界に生中継され、世界の人々が固唾を飲んで見守った。

 当然の事ながら、この会談とその成果については、首脳会談の当日から今日に至るまで、世界各地で様々な形での分析が為されている。勿論、そこで最も注目されたのは、首脳会談の結果として出された「共同声明文」の内容である。とりわけ重要視されたのは、その第三章に書かれた「朝鮮戦争終戦に向けた国際体制づくり」と「完全な非核化」の部分であり、世界各地の朝鮮半島ウォッチャーは、この内容が続く米朝首脳会談へと向かう過程において、どのような形で現実に反映されるのかについて、様々な予測を戦わせている。

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 しかしながら、同時に共同声明文の内容と同じほど注目されている部分がある。それはこの会談が与えた「印象」の大きさである。周知のように、これまでの北朝鮮は核兵器や弾道ミサイルの開発、更には我が国にとっての最大の対北朝鮮外交上の最大懸案事項である日本人拉致問題を含む、北朝鮮内外の人権問題、更には金正恩の実兄である金正男暗殺など、の様々な問題を抱えてきた。加えて北朝鮮は、「核兵器の開発を凍結し最終的に解体すること」を約束した1994年の「米朝枠組み合意」をはじめとした様々な国際合意を反故にしてきた経緯もあり、一連の過去の行為は、北朝鮮の国家としての信頼を著しく損ない、関係各国が北朝鮮との本格的交渉を躊躇する理由の一つとなって来た。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と韓国の文在寅大統領 ©AFP=時事

「朝鮮半島を巡る状況は変える事ができる」と見せつけた会談

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 そしてその事は北朝鮮との対話により、朝鮮半島を巡る状況を安定させたい韓国にとって、大きな頭痛の種だった。「北朝鮮との対話になど意味がない」そのように考える関係国、とりわけ朝鮮半島情勢の鍵を握るアメリカに、北朝鮮との対話に「意味がある」と思わせねばならないからである。

 だからこそ、韓国にとって金正恩自らが登場する南北首脳会談は絶好の機会であり、文在寅政権は首脳会談に臨むに辺り、その内容と同等かそれ以上に、この会談を国際社会に「どう演出するか」、に力を注いだ。幸い会談の場所は板門店の中でも休戦ラインの南側、つまり韓国が支配する地域に位置する建物であり、だからこそ韓国は地の利を生かして詳細な準備をする事もできた。会談に先立ってはリハーサルも繰り返し行われ、その成果は例えば、冒頭の南北首脳が互いに歩み寄り握手を交わすシーンとして、またテーブルを挟んで同じ民族の言語である「朝鮮/韓国語」で冗談を交し合う場面として、結実した。北朝鮮側もこの韓国の期待に応える形で積極的に協力し、結果首脳会談には冒頭から登場した金正恩の実妹・金与正に加え、晩さん会には金正恩夫人である李雪主まで登場した。晩さん会ではアルコールの入り、ほんのり頬の赤くなった金正恩の姿すら報じられるなど、これまでとは全く異なる北朝鮮の指導者の姿を報じたこの日の会談は、「北朝鮮とは話ができる」「朝鮮半島を巡る状況は変える事ができる」「だからこそその為に努力する事には意味がある」、国際社会にそう信じさせる為に韓国政府の打った一世一代の大勝負だったと言える。