今浪が語る廣岡大志へのエール
薬を飲んでいることもあって、オフシーズンの間は症状は落ち着いていた。しかし、シーズンが始まると、きちんと薬を飲んでいるのにまた体調が悪くなる。今浪が当時を振り返る。
「この頃は、人と話すこともイヤになり、ベンチにいても誰とも目を合わせたくないんです。気持ちは落ち込み、涙が止まらなくなり、車を運転していても物騒なことを考えてしまうこともありました。この頃にはもう、自分はプロとして真剣勝負に耐えられる身体でないことを悟っていました……」
こうして迎えた17年シーズン。キャンプ早々に腰を負傷し、「バッターボックスに向かうことも不可能だった」という状態が続いていた。心身ともに不調な日々。もはや、野球を続けられないことは、自分でも理解していた。だからこそ、シーズン最終日に球団から「戦力外通告」を突き付けられたときには安堵する自分がいた。
「自ら身を引くべきだとずっと思っていました。でも、その一方では技術的にも、年々進歩している実感がありました。だから、自分から引退を言い出す勇気が僕にはなかった。もしも、球団から戦力外通告を受けていなければ、今年も現役を続けていたかもしれません。そういう意味では球団からの通告はありがたかった……」
今回のイベントでは大勢のファンの前で、改めて引退の経緯を丁寧に語ってくれた。誰にも言えずに病と闘っていた今浪の言葉にファンは静かに耳を傾ける。しかし、そのすぐ直後には、独特の「今浪節」で会場を爆笑の渦に巻き込んだ。
僕にはどうしても聞きたいことがあった。それが、昨年のファン感謝デーにおいて、今浪が語った、「引退の理由は廣岡(大志)に押し出されたからです」という言葉の真意だった。次代のスター候補、廣岡に対する思いを尋ねると、今浪は言った。
「あれは、あの発言のままです。廣岡ってスケールが大きいというか、並みの選手ではないですよ、ポテンシャルが。それに、そこそこ顔がいい。スタイルがいい。プレーしている姿がカッコいい。ファンの人に応援される要素を持っているんです。これはとても重要なことです。そういったいろんなものを兼ね備えている選手。それが廣岡なんです」
そして、去年のファームでの「合言葉」について教えてくれた。
「去年のファームでの合言葉は、“大志のために”でした。チームメイトたちが大志のために打って、大志のために守っていた。だから、大志は自分のプレーに集中してほしかった。仮に僕が.300を打っていて、大志が.150だったとしても、彼を使ってほしいと思っていました。だって、彼には先がありますから」
彼には先がある――。それが昨年限りでユニフォームを脱いだ先輩からのエールだった。志半ばで引退を余儀なくされた今浪が期待する逸材。廣岡大志が、この言葉を聞いたらどんな感想を抱くのだろうか? そして今浪は笑顔で締めくくった。
「今シーズンは出番も増えて、いろいろなことを経験していると思います。ミスもあるけど、それを糧にして、彼にはもっともっとスケールの大きな選手になってもらいたいです」
プロ3年目を迎えた廣岡の奮闘は続いている。そして、それを見守る今浪の新たな人生が始まろうとしている。
「11年間の現役生活。本当にやり残したことは何もありません。日本ハム時代、そしてヤクルト時代と多くのファンの方に支えられてきました。これからも自分なりに一生懸命に生きていきます。長い間、どうもありがとうございました!」
晴れやかな表情で、今浪隆博は力強く語った――。
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