「ラスト10メートル」を克服
そして2021年4月の日本選手権。東京五輪の選考会を兼ねた大会で、璃花子は出場した4種目すべてで優勝するのです。
ここで勝つって、どれだけすごい人間やねん! 璃花子のアスリートとしての才能、そして人間力にただただ圧倒されるばかりでした。
2日目に行われた100メートルバタフライ決勝。ゴール後、電光掲示板のタイムを確認するや、右手で何度もガッツポーズを作っていました。東京五輪代表の座を勝ち取ることができたのです。
本当に考えられないことでした。プールに復帰してから、わずか1年。まだ身体も元に戻っていない状態で日本のトップに返り咲くなんて……。復帰したばかりの時期に出場したレースから見守ってきたので、衝撃的でした。
「自分が勝てるのはずっと先のことだと思っていた。つらくてしんどくても、努力は必ず報われると思った。仲間たちが全力で送り出してくれて、いまはすごく幸せ」
インタビューで涙ぐむ璃花子の姿を目の当たりにして、私も思わずウルッとしてしまいました。
実はこの前日、100メートルバタフライの準決勝が終わったあと、たまたまクールダウンを終えた璃花子と会場で会いました。当時の課題はラスト10メートル。復帰したばかりで筋力が万全でないため、どうしても終盤にペースダウンをしてしまうレースが続いていました。
このときも「後半きつかったか?」とたずねると、「きつかった。ものすごくきつかったです」と。「今回は優勝を狙っていないので、とにかく楽しんできます」って笑顔で話していました。
しかし結果は、翌日の100メートルのバタフライ決勝で最後までスピードが落ちることなく優勝しました。これによって残りのレースについて考え方が大きく変わったと思います。残りの100メートル自由形、50メートルバタフライ、自由形での優勝につながったのです。
さらに彼女が凄いのは、この日本選手権で、次のレースを見据えた泳ぎをしていたことです。
100メートル自由形の準決勝において、前半のペースがかなり遅かった。7位で折り返したと思いますが、体力が限界に来てしまったんじゃないかと心臓が止まりそうになりました。結局、後半に追い上げ、首位で決勝に進みました。
あとでコーチに聞くと、どれくらいの距離であれば、先頭の選手から離されても後半で追い付けるか確認していたそうです。それを聞いて、本当にすごいアスリートだなと感服しました。
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本記事の全文は「文藝春秋 電子版」に掲載されています(「池江璃花子は病室で笑った」)。