毎年の秋に行われる12球団合同トライアウトはシーズンオフの一大イベントだ。戦力外となった選手たちが、NPBへの生き残りを賭けてラストチャンスに挑む一方、引退試合が用意されず寂しく球界を去ることしかできない者にとっては家族に最後のユニフォーム姿を見せるケジメの機会でもある。

 プロ野球選手の悲哀が詰まったトライアウトにはNPBや独立リーグのスカウトのみならず、テレビ番組「プロ野球戦力外通告」を放送するTBSのクルーなどメディアが大勢訪れるが、2010年代の中盤以降、明らかに野球界の人間ではないスーツ姿の男たちも散見されるようになっていた。

 彼らはプロ野球選手のセカンドキャリアを支援する、いわば第2のスカウトマンだ。多くはプロ野球選手の人脈に期待した保険会社や不動産会社、スポーツジム関係者だが、2016年のトライアウトでは警察官も会場となった甲子園を訪れていた。

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警察官になって8年目を迎えた大田阿斗里さん ©文藝春秋 撮影・橋本篤

 警視庁第四機動隊に属する彼らは球場の入り口に机を並べ、パンフレットを配っていた。話を聞くと、警視庁の第四機動隊野球部は、機動隊員の士気を高めることを主な目的として活動しており、また社会人野球の都市対抗出場を目指し、いわば“補強”も兼ねてトライアウト参加者に声をかけているということだった。

9年のプロ野球選手生活で2勝14敗、2度目のトライアウトで…

 あの日、パンフレットを受け取ったひとりが、大田阿斗里(34)だ。東京の私立・帝京高校から07年にドラフト3位で横浜ベイスターズに入団した身長188cmの大型右腕である。

 8年間在籍した横浜ではわずか2勝(14敗)しかあげられず、15年に戦力外に。同年のトライアウトに参加し、翌16年春のオリックスキャンプでテスト生として参加。育成契約を結ぶと、シーズン中に支配下選手登録を勝ち取った。

 だが、半年あまり在籍しただけでオフに戦力外となり、再びトライアウトへ。

プロ野球DeNA時代の大田さん ©時事通信社

「1度目のトライアウト参加はまだまだ野球がやりたい気持ちが強かったんですが、“この1年でダメだったら引退”だと覚悟を決めて臨んだオリックスの1年間で野球は“やりきった”と思えました。本当はトライアウトにも参加するつもりはなかったんですけど、会場が甲子園だったので、特別な思い入れのある場所で最後に投げて終わりたいな、と」

 家族の前で引退登板を果たし、その後、会場で配られていたパンフレットを受け取り、持ち帰った。