約20年にわたって第一線で活躍し、“スポーツクライミング界の女王”とも呼ばれる野口啓代さん(35)。銅メダルを獲得した2021年東京五輪で現役を引退し、同年12月には同じトップクライマーの楢﨑智亜選手(28)との結婚を発表した。

 楢﨑選手とのパリ五輪までの日々、メダルが期待される日本勢の“強み”、「誰が勝つのか読めない」という“ルール変更”は結果をどう左右するのか? 野口さんに聞いた。(全2回の2回目/はじめから読む

現在はプロフリークライマーとして活動する野口啓代さん ©松本輝一/文藝春秋

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パリ五輪の競技は「ボルダー&リード」「スピード」の2種目

――パリ五輪では、東京大会と競技ルールが変わったんですよね。

野口啓代さん(以下、野口) 東京五輪ではボルダー、スピード、リードの3種目の総合で争われていたのですが、パリは「ボルダー&リード」「スピード」の2種目になります。フォーマットが全然違いますし、練習方法も変わってきます。

 ボルダーは制限時間内に課題を攻略するルートをどれだけ思いつくかを争い、発想力と決断力が求められます。リードは高さ15mを超える壁を6分の制限時間以内に、どこまで高く登れるかを競い、ルートは高くなるほど厳しくなるので、高い身体能力と判断力が求められます。またスピードは2人の選手が同時にスタートし、いかに速く登るかを勝ち抜き方式で争います。

 パリ五輪でのスピード種目は、残念ながら日本人選手の出場が叶わず、ボルダー&リードに、男子は夫の楢﨑智亜(28)、成長著しい高校生の安楽宙斗選手(17)、女子は大学生の森秋彩(あい)選手(20)、東京五輪で銀メダルを獲得した野中生萌選手(27)が出場します。

東京五輪での楢﨑選手。6日の「ボルダー&リード」準決勝のボルダーでは2位につけた ©JMPA
17歳の安楽宙斗選手。「ボルダー&リード」準決勝のボルダーで4課題中2課題を完登し首位に ©時事通信社

ルール変更で、誰が勝つのか読めない試合に

――このルールの変更は、楢﨑選手にとってプラスになりますか。

野口 いや、マイナスですね。智亜はもともと、スピードとボルダーが得意で、リードは苦手。そもそも、スピードは瞬発系、リードは持久系というぐらい求められる筋肉の質も違うし、壁の攻略法も異なる。智亜は、スピードとボルダリングで高い点数を取り、リードの点数を補うというスタイルで世界を制してきたけど、パリではそんな戦い方が出来なくなった。

 3種目をこなせる選手は世界でも少なく、これまでは智亜にアドバンテージがあった。でも、ボルダーとリードが得意な選手は珍しくない。それに2種目の合計だと僅差になるので、本当に誰が勝つか読めないですね。

©JMPA

 ただ、東京五輪前に比べ、心は安定していると思います。東京五輪の時は、その前の世界選手権で2位に圧倒的な差をつけ金メダルを獲ったので、東京五輪でも金メダルは確実とされていた。本人も金メダルを獲りたいというのではなく、獲らなきゃいけないと考えてしまったようで、そのプレッシャーに苦しんだと言っていましたね。それで実力が発揮できずに4位に終わりました。

 東京五輪後はかなり落ち込んでいました。今でも自分のキャリアで一番後悔しているとも言っていますが、ただ、パリに向けては「挑戦者なので試合が楽しみ」と。私も智亜の練習に立ち会うことが多いですが、とにかく苦手なリードを克服することに重点を置き、壁を攻めています。