現代だからこそ体感できるリアリティ

『箱男』の原作は、前衛作家と呼ばれた安部公房のなかでも、実に先鋭的な作品である。新聞記事や独白、詩などが断片的に入り乱れ、写真が8枚挿入されている。

 本作のオープニングにも登場するこの写真は、写真家の一面も持つ安部が撮影したものだ。永瀬は、本作の撮影前に1冊にまとめられた安部の写真を見たという。

©撮影 杉山拓也/文藝春秋

「安部さんの視点を頭にたたき込もうと思って見ていると、独特のアングルなんですよね。街並みの写真でも、トイレの写真でも、普通のカメラマンが考えるよりも下から覗くような感覚と言えばいいんでしょうか。ひょっとして、安部さん自身が箱男だったんじゃないか……なんて思うくらい」

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 永瀬もカメラマンとしての一面を持つ。永瀬の演じる役柄は、原作では30代のカメラマンという設定。27年前はちょうど同じ世代であったが……。

「監督は、今回の『わたし』は原作が書かれたころに生まれた男にしようと、年表を作って説明してくれました。僕の実年齢で演じていいんだと安心したのと同時に、匿名性というひとつのテーマをうまく表現できるんじゃないかと思いました。インターネットが社会に広がって以降の匿名性を」

©撮影 杉山拓也/文藝春秋

 社会からちょっと外れて、箱をかぶって匿名性をまとえば、年齢も地域も超越できる。そして小窓から社会をのぞき、ひとりの観察者としてふるまう自由を得る──安部公房の『箱男』を今読むと、現代社会を予見していたかのような物語であることがわかる。

「今回、この企画がついに始動することになって、石井監督が『箱男ののぞき穴と、スマホの画面のかたちと大きさがほぼ一緒なんだ』というような話をされたんですよ。そのとき、ふたつのすごみを感じたんですよね。ひとつは、安部さんが50年以上前に書いた小説がリアルに感じられる社会になっていること。もうひとつは、石井監督がこの『箱男』のメッセージをどう映画化するかを、ずっと考え続けていたことです」

©撮影 杉山拓也/文藝春秋

 映画『箱男』が与えてくれる奇妙なリアリティは、そのふたつのすごみのうえに成り立っている。

ながせ・まさとし

 1966年宮崎県生まれ。相米慎二監督の『ションベン・ライダー』(83年)で映画デビュー。ジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』(89年)の主演で世界的な注目を浴び、カンヌ国際映画祭ではアジア人俳優として初めて『あん』(15年)『パターソン』(16年)『光』(17年)と3年連続で公式選出。写真家・ミュージシャンとしても活動を行う。

『箱男』

 監督:石井岳龍/原作:安部公房「箱男」(新潮文庫刊)/脚本:いながききよたか、石井岳龍/出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈、佐藤浩市ほか/配給:ハピネットファントム・スタジオ/2024年8月23日より、全国ロードショー ©2024 The Box Man Film Partners

撮影
杉山拓也 文藝春秋

ヘアメイク
勇見 勝彦(THYMON Inc.)
KATSUHIKO YUHMI

スタイリング
渡辺康裕

衣装協力
Yohji Yamamoto/ヨウジヤマモト プレスルーム 03-5463-1500