映画『箱男』(8月23日公開)に主演する永瀬正敏は、この作品に並々ならぬ思いがあるという。公開を直前に控えた今、胸に秘め続けたことを明かした。

©撮影 杉山拓也/文藝春秋

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箱の中にこもって「わたし」の眼を撮り続けた

 カメラマンの「わたし」は、膝まである段ボール箱をすっぽりかぶり、わずかに開けられた四角い穴から都市を見つめて、さまよっている。段ボールなので、一見ゴミのように見えて、周りから意識されることはない。こうして社会の枠から外れた彼は、覗いた世界を写真と文章で記録し、妄想をノートに書きつけ、優越感に浸る。すべての存在証明を捨て、完全な匿名性を手に入れた、人間が望む最終形態が「箱男」なのだ、と──。

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 そんな石井岳龍監督の『箱男』は、1973年に世界的な前衛作家・安部公房が発表した小説だ。石井は安部から直接映画化を許諾され、ドイツとの合作映画として、27年前にクランクイン直前までこぎつけていた。主演は永瀬正敏に決まった。永瀬は言う。

「石井監督は僕の若いころからのスター監督で、作品もすべて観ていたので、とてもうれしかったですね」

©撮影 杉山拓也/文藝春秋

 オファーを受けた永瀬は、まず「わたし」の眼にこだわった。劇中、当然ながら「わたし」は多くの場面で箱をかぶっている。

「ただ、覗き窓から見える『わたし』の眼、この眼の芝居がどうもうまくいかなかったんです。ロケ地のハンブルクへ行ってからも、美術さんから箱を借りてホテルの自室に持ち込んで、トイレやシャワー以外はずっと閉じこもっていました。部屋のドアも開けっぱなしにしていたので、たまにスタッフさんが覗いては、心配していましたね(笑)」

 永瀬は箱から覗く自分の眼を、ポラロイドで撮り続けた。

「毎日その写真を監督に見せて『いや、違うな』『もうちょっとだな』なんて話をしていました。すると、クランクインの前日に、やっと自分でも納得する『わたし』の眼ができたんです。監督にも『これだよ!』と言ってもらえて……」