これは、追悼の物語なのか、そうではないのか。その議論は今回の劇場版アニメーション『ルックバック』が公開される前、2021年に藤本タツキによる原作漫画が公開された時からSNSで議論になっていた。
原作1ページ目の右上、読者が一番先に読み始める場所に「don't」の文字があり、最後のページの左下に「in anger」がある。最初と最後の単語に「ルックバック」というタイトルをはさむと『Don't look back in anger』という曲の名前が完成するというわけだ。それは音楽を愛するもの誰もが知るオアシスの名曲、ある背景を持つ楽曲の名である。
テロの追悼式でその歌が歌われた意味
英国紙『ガーディアン』の公式YouTubeチャンネルに、2017年にイギリスで起きたマンチェスターライブ会場テロ爆破事件の追悼式の映像が残っている。
追悼式に集まった群衆の沈黙と赤ん坊の泣き声の中、1人の女性が伴奏もなく歌い始める。教会の鎮魂歌のように美しいメロディを持つその歌に群衆の声が加わり、やがてそれは追悼式全体を包む合唱になっていく。歌われた曲の名前は『Don't look back in anger』。怒りの中で振り返るのはやめてくれ、というタイトルを持つその歌は世界で最も有名なロックバンド『オアシス』のノエル・ギャラガーによって1995年に書かれ、「イギリスの第二国歌」とまで言われるほど人々に深く浸透した曲である。
この曲はあまりにも多くの文脈を持っている。この追悼式の後、ライブがテロ事件の標的となった、アリアナ・グランデが追悼コンサートでコールドプレイとともに再びこの曲を歌ったこと、イントロのピアノがジョン・レノンの『イマジン』にそっくりであること、「俺は自分のベッドから革命を始めるよ」という歌詞、そうした無数の批評や考察に対して、当のノエル・ギャラガーが「意味など知らない、適当に書いただけだ」とおなじみの露悪的な態度で距離を置いていること、そうしたことを書いていくだけで記事の文字数が尽きてしまう。
だがもちろん、人は多くの死者を出したテロの追悼式で意味のない歌を歌ったりはしない。20年以上も前に書かれた歌の中に、言葉にすることのできない深い意味を感じとるからこそ、伴奏もない場所で声を合わせて歌うのだ。