俳優の草笛光子の「90歳記念映画」として、『九十歳。何がめでたい』が絶賛公開中である。映画デビューから今年で71年となる草笛だが、意外にもこれが初の単独主演映画だという。
映画の原作は、昨年100歳を迎えた作家の佐藤愛子のベストセラーだ。小説ではなくエッセイなので、佐藤は映画化は無理と言っていたようだが、完成した映画は、原作のエッセンスをうまく活かしながら、断筆した老作家と、職場でも家庭でも崖っぷちに立たされたベテラン編集者(演じるのは唐沢寿明)の復活劇というストーリーに仕立て上げられていた。
自然なままのグレーヘアが自分らしいと思ったが…
今春、草笛が「週刊文春」で2021年3月より連載中のエッセイから最初の3年分をまとめて出版した『きれいに生きましょうね 90歳のお茶飲み話』(文藝春秋)でも、終わりがけ、この映画の話題が出てくる。
それによれば、監督の前田哲からは《見た目を愛子先生に近づけたい》との要望があり、メガネをかけたり、衣装も佐藤愛子の以前の写真をもとに似たようなものをつくってもらったりしたという。
髪の毛も、草笛としては自然なままのグレーヘアが自分らしいと思ったものの、似せるため少し黒く染めた(なお、草笛が髪を染めずグレーヘアにしたのはここ20年ほどのことで、そのきっかけについても本書に書かれている)。
まるで乗り移ったように演じていた
もちろん、草笛が書くとおり、《愛子先生に似せるといわれても、見た目だけそっくりにすればいいわけではありません。モノマネではないのですから、女優の私が役柄として演じる以上、内面から醸し出される雰囲気や風格も表現することが必要です》。
彼女の本領発揮はむしろこちらにあった。歯切れのいい口調、他人に毅然と接しながらも、どこか感じさせる心の温かさ、にじみ出るユーモア(とくに孫娘と毎年、年賀状のためさまざまな扮装をして撮った写真は傑作である)など、佐藤愛子の人柄がまるで乗り移ったように草笛は演じていた。