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 心配した草笛は、四方八方手をを尽くして探し回る。新聞で見かけたペット探偵に依頼して1週間以上探してもらい、また、近所にお願いして赤外線カメラも置かせてもらった。チビの写真入りのビラもつくって、ペット探偵の助言で1万枚刷って配布もした。それでも手がかりはつかめず、草笛自ら、周辺の獣医さんを片っ端から訊ねて回り、あなたのほうがよっぽど探偵らしいと言われるほどだった。

「探したいから、お金払ってるのよ!」

 そもそも飼い猫ではなく、たった1週間仲良くすごしただけにもかかわらず、草笛のチビへの愛着の深さに驚かされる。そんな彼女を見かねてか、犬や猫の気持ちがわかるという占い師を紹介してくれた人がいた。しかし、いざ占い師に“テレパシーで交信”してもらうと、草笛は意外に冷静だった。このときの様子を引用すると……。

「あなたの猫は『長い間お世話になりました。楽しい日々を過ごさせてもらって、本当に感謝しています。いま僕は幸せですから、安心してください』と言っています」

 

 というような文章を[引用者注:占い師は]書いてくれて、「はい、料金はお振込みでお願いします」。チビと私しか知らない「一緒に観た、あのテレビ番組が忘れられません」といった思い出など、少しも出てきません。

 

 あれで慰められたり、寂しさを紛らわす人もいるのでしょうね。「僕のことは探さないでください」と言われて「探したいから、お金払ってるのよ!」と思いましたけれど、もちろん口に出しません。世の中には、いろいろな商売があるものです。

 皮肉と怒りが混じった言い分がまた、愛子先生と重なり合う。歯に衣着せない物言いは、本書のタイトル「きれいに生きましょうね」にも通じる。

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きれいに生きましょうね 90歳のお茶飲み話』(草笛光子/文藝春秋)

「きれいに生きましょうね」という言葉

 この言葉はもともと、外見を美しく飾るのではなく、「きれいな心で生きましょう」という意味で、長らく草笛のマネージャーも務めた亡き母との合言葉だったという。年を重ねるとさらに、いい顔をしたいとか、カッコよく見せたいなどといった自分を規制するタガが外れた。もう誰に何と思われてもかまわないと、本書の最初のエッセイでは、《歯に衣着せないで、言うだけのことを言って消えて行こう》と宣言している(「歯に衣着せずに」)。

©文藝春秋

 結局、チビは行方知れずのままだという。それでも草笛は、たった1枚しかないチビの写真をいまでも、かつて飼っていた犬たちの写真(彼女はもともとは大の犬党であったという)とともにベッドの横に飾り、話しかけているのだとか。

『きれいに生きましょうね』では、この猫をめぐる一件のほかにも、家のすぐ近くの道でやたら交通事故が起きるので警察に対処をお願いしたとか、不注意から家を3度も水浸しにしてしまったとか、草笛が日々の暮らしのなかで遭遇する事件についてもユーモアたっぷりにつづられている。彼女が長寿を保っているのは、案外、そうした適度な(というのも変だが)トラブルが刺激になっているからなのかもしれない。