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「床の上を這いずり回りたい」「言うだけのことを言って消えて…」草笛光子90歳が“やりたいバラエティ番組”とは?《「九十歳。何がめでたい」が公開中》

2024/08/01
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草笛と「愛子先生」が重なったエピソード

 それでいて、筆者が本書を読んでから映画を観たせいもあってか、劇中の「愛子先生」が草笛光子本人に見えてしまうような瞬間もたびたびあった。たとえば、「グチャグチャ飯」と題するエピソードがそうだった。

 これは、愛子先生が北海道の別荘の前に捨てられていた犬を、当初はそのつもりはなかったのに結局引き取り、東京の自宅で飼うようになるという話である。もっとも、その頃の先生は多忙をきわめ、孫娘がハチ(原作ではハナ)と名づけたその犬にはほとんどかまってやれなかった。

佐藤愛子さん ©文藝春秋

「グチャグチャ飯」とは、そのハチに食べさせていた昔ながらの犬の飯、残飯に味噌汁の残りなどをかけた汁飯である。これまで佐藤家で飼われてきた犬は皆、こうした飯を食べて長生きしてきたという。だが、ハチはそのうちに病気になり、医者から「腎不全」と診断される。そしてそのまま何も口にしなくなり、昼は居間、夜は愛子先生のベッドの下で寝起きする日々をしばらく送ったのち、死んでしまった。

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 ハチの死後、愛犬家で霊能があるらしい友人・喜代子(演じているのは草笛の実の妹である冨田恵子)が先生を訪ねてきて、「あの世にいるハチは本当に感謝していて、あのご飯をもう一度食べたいと言っている」と伝えてくれた。このとき、喜代子の目に、あのグチャグチャした汁飯が見えたらしく、「これは何ですか?」と不思議そうな顔をする。

 このエピソードでの愛子先生が草笛自身と重なったのは、草笛もまた動物がらみで霊能者に見てもらった体験を、『きれいに生きましょうね』収録の一編「猫を探して」で明かしていたからだった。こちらは犬ではなく猫で、それも飼い猫ではない。自宅の庭にときどき来ていた野良猫が連れてきた子猫だった。しばらくするとその子猫だけが、手招きすると家のなかまで上がってきたという。

※写真はイメージ ©AFLO

 草笛はオスのその猫を「チビ」と名づける。チビは少しずつ馴染んで、気を許すようになり、やがて彼女がソファでテレビを観ているとそばに寄ってきて、一緒に観るまでになる。しかし、せっかく仲良くなったと思ったのに、チビはわずか1週間ほどで忽然と姿を消してしまった。