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「床の上を這いずり回りたい」「言うだけのことを言って消えて…」草笛光子90歳が“やりたいバラエティ番組”とは?《「九十歳。何がめでたい」が公開中》

2024/08/01
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加齢ゆえの悩みに「情けないな」「この先どうしたら…」

「目と歯と耳と」というエッセイによれば、草笛は定期的に健康診断や血液検査を受けても、とくに悪いところは見つからず、身体は健康そのものらしい。それでも、90歳ともなれば老いにはあらがえない。片方の目は加齢で眼球の張りがなくなってドライアイになり、ときどき曇るという(ちなみに本書の文字は、普通の本よりかなり大きく、老眼にも優しい)。

©文藝春秋

 耳も突発性難聴を発症してからというものしだいに遠くなり、補聴器を使わねばならなくなった。おかげで、松竹歌劇団出身で日本のミュージカル女優の草分けでもある草笛が、歌うことを断念せざるをえなかった。

 それが、先述の前田哲監督と組んだ前作『老後の資金がありません!』(2021年)では主演の天海祐希とのデュエットで、久々に映画で歌を披露することになった。このとき、なかなか上手く歌えないので思い切って補聴器を外して歌ってみたら、一発でOKが出たという。

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 補聴器を通して入ってくる音は硬質だが、外してみると伴奏も自然に柔らかく入ってきた。《生まれたときの耳はこんなだったのかしら》と当時88歳の彼女は懐かしく感じて、涙が出そうになったという。一方で、この経験から《年を取って機械の音を通さなければ歌えなくなったなんて、情けないな》ということも考えてしまい、《オーバーな言い方をすれば、女優としてこの先どうしたらいいのか……》と悩みものぞかせる。

 このように元気そうに見える草笛も、陰では色々と苦労をしているようだ。それでも、ときに思い切りのよさでピンチを切り抜けているのが、彼女らしいと思わせる。

故人をしのぶ草笛の語りに引き込まれる

 年を取れば親しかった人たちとの別れも増える。それ自体は淋しいことではあるけれど、故人をしのぶ草笛の語りは、あとの世代からすれば昭和史、芸能史の貴重な証言であり、引き込まれずにはいられない。

 昨年亡くなった奈良岡朋子も、池内淳子(2010年死去)を交えた俳優どうし3人でよくホテルの一室に集まっては愚痴を言い合ったりした親友だった。

奈良岡朋子さん ©文藝春秋

 草笛が一時、定期的にニューヨークのブロードウェイへミュージカルを観に行っていた頃、奈良岡もあとから追いかけて合流したことがあったという。このとき、彼女が草笛の勉強熱心さを褒めたのに続けて放った辛辣な一言は、勉強とは何のためにするものかと考えさせられ、読んでいるこちらの胸にも刺さる(「橋田賞の授賞式にて」)。