『石がある』という素朴なタイトルのこの映画がもたらす驚きは、表現するのが難しい。川辺で出会った男女が水切り(石を投げて川面で跳ねさせる遊び)や石積みなどで遊びながら歩いていく。ほとんど台詞はなく、目立ってドラマティックな出来事は起こらない。といって退屈でも難解でもなく、思わずくすくす笑ってしまうユーモアと、時にはサスペンス映画のような緊張感もある。観終わった後に、「こんな映画は観たことがなかった」という思いが頭の中で反響した。

 作品HPによると、日本での公開前に世界10以上の国際映画祭から招待され、韓国の第24回全州国際映画祭ではインターナショナル・コンペティション部門でグランプリを受賞。仏映画誌『カイエ・デュ・シネマ』では日本映画として異例のレビュー枠を獲得したほか、韓国の映画誌『FILO』では20ページ以上の特集が掲載された。

「とても美しく、とても感動的でした。これほどシンプルに奥行きを表現するのは、非常に難しいことだと思います」(『aftersun/アフターサン』撮影/グレゴリー・オーク)

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 まさにこの秋注目の『石がある』について、主演の小川あんさんに聞いた。(全2回の1回目/後編を読む)

『石がある』ポスター

『石がある』

旅行会社の仕事で郊外の町を訪れた主人公(小川あん)は、川辺で水切りをしている男(加納土)と出会う。相手との距離を慎重に測っていたが、いつしか2人は上流へ向かって歩きだしていた――。

監督・脚本:太田達成/出演:小川あん、加納土/日本/2022/104分/製作・配給:inasato/©inasato/2024年9月6日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開

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――小川さん自身は『石がある』をどんな映画と思っていますか?

小川 最高傑作だと思っています(笑)。私は映画が大好きで、たくさんの作品を観てきましたが、『石がある』はこれまで観たどの映画とも違っています。

撮影 橋本篤/文藝春秋

――確かにそうですね。出演者というより、シネフィルとして知られ、雑誌で映画評連載をもっている小川さんとしての言葉と感じました。

小川 今までにない、この映画で初めて味わう感覚があるんです。物語はすごくシンプルで、女性が川沿いで男性に会って、ひょんなことからいっしょに遊ぶ。そういう単調な物語ではあるんですけれど、観客の皆さんがひとつひとつのシーンをどう受け取るかでいろんな姿に変容する映画だと思います。

 多くの映画はメッセージ性を持っていて、「このシーンはこういう意図です」と答えを観客に求める、考えさせるわけですけれど、『石がある』はスクリーンに映されているものと観客がダイレクトに対峙して、そこに余白の壁がない。自然と一緒で無限大の豊かさがある映画だと思います。