『石がある』という素朴なタイトルのこの映画がもたらす驚きは、表現するのが難しい。川辺で出会った男女が水切り(石を投げて川面で跳ねさせる遊び)や石積みなどで遊びながら歩いていく。

 ほとんど台詞はなく、目立ってドラマティックな出来事は起こらない。といって退屈でも難解でもなく、思わずくすくす笑ってしまうユーモアと、時にはサスペンス映画のような緊張感もある。観終わった後に、「こんな映画は観たことがなかった」という思いが頭の中で反響した。

 この秋注目の『石がある』について、主演の小川あんさんに聞いた。(全2回の2回目/最初から読む)

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撮影 橋本篤/文藝春秋

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俳優を続ける意味が分からなくなってしまった

――昨年から小川さんの主演・出演作の公開・配信が続いています。『PLASTIC』(宮崎大祐監督)、『彼方のうた』(杉田協士監督)、『4つの出鱈目と幽霊について』(山科圭太監督)、『犬』(中川奈月監督/『NN4444』所収)、11月公開予定の『STRANGERS』(池田健太監督)。いずれもとても評価されています。一時俳優の仕事を辞めていたというのは意外ですが、どういう思いからだったんでしょうか。学業に専念するため、でしょうか。

小川 いえ、そうではないです。大学の卒業が危うかったのも確かなんですけれど。コロナ禍の前くらいに、憧れていた俳優という職業の現実や、経済的な面で美しくないことを目の当たりにしていました。制作の過程でもいろいろ思うことがあって、俳優を続ける意味が分からなくなってしまったんです。他の俳優の方が活動しているようには、自分にはできない、と思ってしまった。求められているスピード感、どんどん仕事をこなしていかないといけないような雰囲気。私は次から次へと仕事を「こなす」ことはできないんです。ひとつひとつ時間もかかるし、心身も使うので、俳優業は辞めようと決意しました。

撮影 橋本篤/文藝春秋

 もう疲れてしまっていたんです、東京に。新宿や渋谷の街、撮影や学校や。何もないところにいって、生活を衣食住から切り替えようと思って、当時のパートナーと2人で北海道に行きました。彼もその当時の暮らしに同じような思いを抱いていたので。

撮影 橋本篤/文藝春秋

――北海道に移住して、何をされていたんでしょうか。

小川 紋別に行って、パートナーはホタテ漁の漁師になりました。私はその生活のサポートをしながら、近くのセブン-イレブンで働いていました。