余談だが、ヤンヤ・ガンブレットに持久力をどうやって伸ばしたかを尋ねたことがある。彼女が子どもの頃に通っていたのは小さなボルダージムで、リードは月に1回程度という練習環境だったからだ。ヤンヤ・ガンブレットは「たぶん、時間が許す限り壁のなかで遊んでいたからだと思うわ」と答えている。女王の礎にも、森と同じような背景がある。
森の攀じる力はパリ五輪でもいかんなく発揮された。リードはもちろんのこと、ボルダーでも決勝第3課題のようにホールドをつかめれば無類の強さを見せた。
一方で、コーディネーション能力が求められる課題には苦戦した。ボルダーは五輪種目になって以降、課題内容はダイナミックな動きを求められるものへ変移した。森もこうした動きへの対応力は高めたが、ほかの選手たちがそれを上回る成長曲線を描いたことで課題の難易度は飛躍的に向上し、結果的に森は取り残されてしまった。
154cmの森だけがスタートの体勢さえつくれなかった
それを象徴したのが、決勝のボルダー第1課題だった。これについては競技終了後もなお話題を集めているが、決勝進出8選手のうち、身長154cmの森だけがスタートの体勢さえつくれなかった。ネット上を中心に「設定が不公平ではないか」という声も挙がっていた。
だが、この課題は森が低身長だからできなかったわけではないだろう。森がスタートホールドに飛び乗った時、ハンドホールドは手で触れられる位置にあった。また、銀メダリストで身長158cmのブルック・ラバトゥ(アメリカ・23)がスタートできたことを考えれば、この課題のスタートの成否は身長ではなく、コーディネーション能力の有無と見るほうが妥当だ。
ホールドに飛び乗ったら荷重を意識してしっかり立つ。と同時に左手と右手でそれぞれのホールドをつかんでクライミングウォールから剥がれないように両手両足でバランスを取る。しかし、森はホールドをつかもうとするあまり、ホールドに立つという部分がおざなりになっていたように映った。
ちなみに、ボルダーでは長身が仇となるケースもある。代表的なのが東京五輪銅メダリストの野口啓代が10連覇を狙った2015年ボルダリング・ジャパンカップだ。167cmの野口がオーバーハングした壁の奥から低いルーフ(天井)部に取り付けられたホールドへ飛びつくと足先がマットを擦った。これを解消できなかったことが響いて、野口は準決勝で敗退の憂き目にあっている。