タイトルは「まぼろしの女」しか考えられない
――目次を見ると、「まぼろしの女」「三つの早桶」「消えた花婿」「夜、歩く」「弔いを終えて」と収録作のタイトルはすべて、欧米の古典ミステリの名作をもじったものになっています。発想の順番としては、書きたいアイデアが先にあり、それに合う古典のタイトルを見つけてこられたということでしょうか。
織守 そうです。1話目を書き上げてタイトルを考えたときに、これは「まぼろしの女」しか考えられないな、と思ったんです。ウィリアム・アイリッシュの名作に『幻の女』がありますが、「幻」がひらがなだったら許されるのではないかと。次に書いた作品も「三人が殺されるから、『三つの棺』をもじったものにできる」と思い、いっそ名作縛りで揃えたタイトルにしようと決めました。ここまではすんなり決まったんですが、それからは毎回、書き終わったあとにタイトルを考えるわけなのでかなり悩みましたね。本棚を眺めながらいくつか候補を考え、担当さんとも相談しながら決めていきました。
――ジョン・ディクスン・カーの『夜歩く』をもじった「夜、歩く」は、タイトルと作品の雰囲気もぴったり合っています。こちらは、連続辻斬り事件を取り上げた作品ですね。
織守 江戸時代を舞台にするからには、辻斬りもやってみたいなと。私が書いたなかで、一番人が多く死ぬ短編ですし、アイデアの部分ではいちばん苦労した作品です。
――作品の真相には触れないように話しますが、殺人を犯し、精神状態が正常でないと思われる人間と佐吉が対峙する部分があります。なにか一つ間違えたら自分も殺されてしまうかもしれないという場面の緊迫感が凄まじかったですが、この描写には、織守さんの元弁護士としてのご経験が活きているのでしょうか。
織守 たしかに前職で、殺人事件の加害者の方と間近で話した経験はあって……なぜなら精神鑑定で「責任能力がない」となった場合には被疑者は拘置所ではなく病院に行くので、弁護士も病院で会うことになるんです。拘置所と違って仕切りもなく、本当にすぐそこ、という距離感で話すんですよね。その時は、少しでも怖いと思ったらおそらく相手は察してしまうので、平常心で、あくまで一人と一人の人間として話し合わなくては、という思いがありました。「夜、歩く」のその場面も、「私だったらこうするだろう」と考えながら書いたので、今思えば経験が活きていると言えるかもしれません。