衝撃のラストが話題を呼んだ『花束は毒』の後だからこその挑戦を、織守さんは今作に詰め込んだという。
「幸いたくさんの方に読んでいただいて、同じ驚きを期待されていると感じました。ならば、その期待も計算に入れた小説を書きたいな、と。ハリー・ポッターが人気最高潮の頃、次の巻で重要な誰かが死ぬ、と噂が出てて、私たち読者は前情報のおかげでドキドキ倍増で読んだんです。『キスに煙』も、衝撃に身構えて読まれるのを前提にして作ったら面白そうだと思って。ただ、同じことをやっても仕方ないので、違う方向から驚かすことを考えました」
冒頭、ある人物がシャワーで必死に体を洗い流そうとしている。その短い断章の後、場面は残業中のオフィスに一転。テレビにはフィギュアスケート国際大会の様子が映っている。
元フィギュアスケーターの塩澤は、現役時代のライバル・志藤に片思いをしているが、恋心も、バイセクシャルであることも打ち明けるつもりはない。志藤の演技を観ながら、友人関係だけで十分だと考える塩澤の姿が切ない。
「フィギュアを題材にしたのは、アーティストでありアスリートであることに惹かれたからです。作家や画家は晩年まで才能を発揮できるけど、身体を伴う芸術は、どうしても時間の制約がありますよね。若くして自分の限界について考えざるをえない、才能のあり方を書いてみたいと思いました。『アマデウス』とか森博嗣さんの小説とか、天才の物語が好物なので(笑)、これまで摂取してきた天才像の蓄積をもとに、才能の尊さや残酷さについて突き詰めていった感じです」
恋と才能の物語にときめきながら読み進めるにつれ、疑問も膨らんでくる。あの冒頭の不穏なシーンは何だったのか? やがて、かつて塩澤と肉体関係があり、一方で志藤とは不仲で有名だった元選手が転落死したことで、2人の間に猜疑心が生まれ――。
「物語の中でシーンの意味が変貌していくように、推敲しながら大きく構成を変えていきました。章の間に冒頭のような断章を挟んだり、一番大きかったのは最終章を新たに書き加えたことですね。塩澤と志藤の関係の外の部分で、何が起きていたのか。自分の中ではもともと決まっていたけど背景に留めて、書くつもりはなかったんです。でも、担当さんとの打ち合わせで、そこを読みたいと言われて。2人に見えていなかった部分を、読者には見えるようにしたことで、小説全体の奥行きが広がったと思います」
終章まで油断できない一冊だ。
おりがみきょうや 1980年生まれ。2012年『霊感検定』で講談社BOX新人賞Powersを受賞しデビュー。日本ホラー小説大賞読者賞を受賞した『記憶屋』は映画化もされた。