いわゆる“セクハラジジイ”を担当することになった、介護ヘルパーの佐東しおさん。ときには半分食べかけの唐揚げを食べさせられることも。それでも彼女が逃げ出さなかった理由とは? 新刊『介護ヘルパーごたごた日記――当年61歳、他人も身内も髪振り乱してケアします』(三五館シンシャ)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

写真はイメージ ©getty

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セクハラジジイ

 身体介護スキルが高いのは、施設勤務者だと思う。訪問介護は、生活援助が多くなりがちだ。それを卑屈に思ってはいないものの、何かの本で「生活援助こそ高いスキルがないと難しい仕事だ」とあるのを読んで、涙が出るほど嬉しかったのも確かだ。

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 登録ヘルパーにはお気楽な部分がある。移動時間は就労時間にカウントされないから収入面では厳しいが、その移動中、買い物や銀行への立ち寄りといった私用ができる。

 ニコサン(筆者が登録する訪問介護事業所)の時給は「生活援助」1400円、「身体介助」1800円。悪くないと思われるかもしれないが、勤務先が飛び飛びになるので移動時間がバカにならない。片道30分かかれば、時給は半分だし、移動時間をかけたうえに30分の仕事という場合もある。今は週5回出勤しており、2件の日が3日、4件の日が2日だ。このくらいの出勤だと月収は7万円ほど。

 仕事場へは直行直帰だし、事務所にも月1回のヘルパー会議のときと、月末を含む数回、記録書を持っていけばいい。ニコサンは家から徒歩10分、近いのもいい。基本、一人での勤務なので、同僚との人間関係に悩むことも施設勤務者よりは断然少ない。

 でも、一人だからこその怖さもある。訪問時、利用者が亡くなっていたり、瀕死状態だったりしても、一人で直面しないといけない。

 それ以外の問題でもっとも頻度が高いのがセクハラだ。

「赤名さんのところ、佐東さんが行ってくれない? セクハラ騒ぎを起こすから、私が行ったら、『ババアいやだ。チェンジ』ですって。ヘルパーをなんだと思っているのかしら」

 私より10歳上の栗林さんが怒っている。

 赤名勉一郎さん(仮名)は85歳、要介護1。体が大きく、調理中のヘルパーが振り向くと、ぴったり後ろに立っていることが多いという。触ってくるわけではないし、シモネタ話をするわけでもない。だけど、怖くてもう行きたくないと担当が次々替わってきた。

 なるほど。私には色気も美貌もないし、押し倒されないほどの身長(167cm)もある。チェンジされてもめげないメンタルもある。適任だ。

 仕事は、買い物と料理と掃除と洗濯だが、問題は料理だった。初めての訪問日、台所を見て、途方にくれた。

 ガスコンロもIHもない。小さな電気コンロがあるが、火力も弱く、口は一つだけ。その横にキッチンに不釣り合いな、真っ赤な圧力鍋が置かれている。小さな電気コンロひとつで悪戦苦闘する私を、赤名さんは冷ややかに眺めていた。

 私が作った料理を平らげた赤名さんはマスカットをつまんでいた。私が横で洗濯物を片付けていると、私の口にその1粒を突っ込んできた。完全なセクハラだと思うけど、そのまま食べた。赤名さんはその日初めてウフウフと笑った。

 そのせいだかわからないけど、赤名さんは私をキャンセルせず、継続して訪問することになった。

 ヘルパーたるもの、利用者をニックネームや「ちゃん」づけなどで呼んではならない。姓に「さん」づけで呼ぶことが一般的だ。