中国のITの進歩や経済力は魅力的だ。だが、一方で中国共産党の専制体制のもとで、社会の言論の自由は制限され、海外メディアによる自由な取材活動も限界がある。これは、同国で大きなタブーである政治分野だけではなく、一般的な話題についての取材も同様だ。記者証を持たないフリーランスにとっては、なおさら大変である。

 そんな中国を舞台に、深センのネトゲ廃人村などディープな取材を手がけてきた「文春オンライン」でもおなじみの安田峰俊さん。5月18日発売の新刊『八九六四』は、“中国最大のタブー”六四天安門事件に挑んだ大型ルポだ。一方、週刊誌の仕事などで数多くの現場密着取材や潜入取材を手がけてきたのが、フリーライターの西谷格さん。3月に西谷さんが刊行した『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)は、上海の寿司屋、抗日ドラマの撮影スタジオ、パクリキャラクターの着ぐるみが踊りまくる遊園地などなど、中国の数々の「怪しい職場」に潜入して働いてみた日々をつづった怪著であった。

 奇しくも安田さんと西谷さんは1981年生まれと同じ年齢で同学年で、かつ同業種。互いにディープな取材を繰り返してきた者同士で、中国の潜入事情をぞんぶんに語ってもらった。

ADVERTISEMENT

ただの観光でもプチ拘束される新疆

安田 最初からいきなりヘビーな話でいこうと思います。中国でよくあるのが、特に政治的な問題を調べていないにもかかわらず、公安に尋問されたり連れていかれたり、という事態です。

西谷 あー。特に田舎だとありがちですよね。僕も何度かあります。

安田 私も何度かありました。ただ、2015年の夏からはもうないですね。習近平体制がいよいよ固まって「本気でシャレにならない」という肌感覚を覚えたので、ちょっとでも危なそうなことはやらなくなりまして。逆に捕まらなくなりました。

西谷 実は僕もそうです。2015年までは上海に住んでいたこともあって、日本の雑誌の依頼できわどい取材をすることがあり、何回か尋問されたんですが、最近はない。『潜入バイト日記』でも、そういうトラブルはありませんでした。ちなみに安田さんの過去の尋問で記憶に残っているのは?

安田 例えば2014年に新疆ウイグル自治区のポスカム県で、午後の6時間くらいの間に4回もやられたことです。ちなみにこのとき、新疆に行ったのは中国の国内問題とは全然関係ない理由です(『境界の民』(KADOKAWA)参照)。ポスカム県については、本当に普通に旅行で行ってみただけだったんですが。

2018年3月、中国新疆ウイグル自治区ウルムチ市内で男性らに職務質問する警察官。数十万人が拘束されていると伝えられる ©共同通信社

西谷 あれって本来、日本国内のウイグル人のある事件を追ってウルムチに行っただけですよね。あとは普通に旅行していたと。

安田 ええ。お昼にバスで県の中心部に着いて、適当に近所のホテルに入ったら、受付のお姉さんに問答無用で公安局に連れて行かれて、パスポートをコピーされて30分くらい尋問。そのあと、公安が提携しているホテルに強引に泊まらせられて、部屋にいたらフロントの女性に「お客さんです」とロビーに呼び出されて、アサルトライフルを装備したウイグル人の公安3人に囲まれながら、漢族の女性の公安からもう一度尋問されます。

西谷 新疆ってウイグル人が弾圧されているイメージがありますが、ウイグル人の公安も多いんですね。

安田 そうなんですよ。公安や武装警察として雇っちゃえば反乱を起こさないという理屈なのか、ウイグル人の若い男性は治安要員になっている人も多いんです。

西谷 なるほど。それで?

安田 その後、県政府のウェブサイトを見て郊外に古いモスクがあることを知って、観光に行こうとタクシーに乗ったら途中で別の公安局に連れて行かれて、顔に傷跡があるいかつい漢人のおっさん公安とシュッとしたウイグル人公安が強引にタクシーに乗り込んできて、3人でモスク巡り。帰路、別の検問でも止められて第三の公安局に連れて行かれて、ずっと尋問……、みたいな感じでした。

中国の公安に尖閣諸島はどこの領土だと聞かれて

西谷 中国の公安って、同じことを何度もねちっこく尋ねますよね。あと、無意味だけれどムカつくことを聞いてくるとか。

安田 でしたね。ちなみに釣魚島(尖閣諸島)はどこの領土だと聞かれたときは、「俺が尖閣に土地持ってるなら怒るけど、そうじゃないし」と返事したら、向こうが反応に困ってました。「貴様は問題だと思わないのか!」「自分の土地じゃないからマジどうでもいいです!」みたいなやりとりをした記憶があります。