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サイコパスは遺伝か?

 サイコパス傾向には遺伝子が影響していると言われています。しかし、サイコパス傾向を生み出す具体的な遺伝子が発見されているわけではありません。「何番目の染色体のこの場所にサイコパス遺伝子があります」と指し示すことはできません。それならば、どのような方法でサイコパス傾向に遺伝子が影響していると結論できるのでしょうか?

 行動遺伝学と呼ばれる分野で、行動を含むさまざまな性質について遺伝子と環境の影響の大きさを数値化する方法が開発されています。例えば、身長について遺伝子の影響があるかどうか考えてみましょう。親兄弟だと身長も似ている。親が背が高いと子どももやはり背が高い。遺伝子の影響があることは明らかだ。このように考える人が多いでしょう。

 しかし、ここに1つ問題があります。親や兄弟などの血縁者は確かに互いの遺伝子が似ていますが、同時に生まれ育った環境も似ていることが多いです。そのため、血縁者同士で身長が似ていても、それは遺伝子が似ているためなのか環境が似ているためなのか、そのままでは判別できません。

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 このような場合は、遺伝子は似ているものの環境は似ていない個体同士を比較できると好都合です。代表的な例は、別々に育てられた一卵性双生児です。古くから里子制度が発達している欧米では、こうしたケースは少なからずあります。実際の調査から、別々に育てられた一卵性双生児でも身長はかなり似ていることが確認されており、身長には遺伝子が影響していると結論できます。

 このように、行動遺伝学の調査方法を用いると、染色体の中身まで調べなくてもよいわけです。染色体の中の遺伝子の場所が分からなくても、また、そもそも影響を与える遺伝子が何個あるのかが分からなくても、ある性質に遺伝子の影響があるか否かが判別できます。同様の調査はさまざまな性質について行われていて、サイコパス傾向についても遺伝子の影響があることが分かっています。

 また、生物では一般的に、ある性質の遺伝子が間接的に別の性質に影響を及ぼすことがあります。幼少期の恐怖心の程度が大人になったときのサイコパス傾向の強さと関連していることが確認されています。恐怖を感じにくいとサイコパス傾向が強いということです。

 恐怖心の感受性という性質に直接影響する遺伝子が存在していて、その遺伝子(いわば恐怖心遺伝子)の個人差が、結果として、サイコパス傾向の個人差にも反映されている可能性が考えられます。

 この恐怖心遺伝子のように、サイコパス傾向に影響を与える未知の遺伝子が他にもさまざま存在していて、それらの遺伝子の個人差がサイコパス傾向の個人差を生み出しているのかもしれません。

 直接であろうが間接であろうが、サイコパス傾向に影響する遺伝子に個人差があるのであれば、それらは自然選択の対象になり得ます。環境がサイコパス傾向をもつ個体にとって有利なものであるならば、サイコパス傾向を強める遺伝子の頻度は世代を経るにつれて増加し、逆の場合は減少することが予測されます。