保見の家は白壁で覆われ、古い日本家屋しかない集落の中では異彩を放っていた。土臭い集落の中に、どことなく都会の匂いを漂わせてすらいた。ただ、その姿は、土着の人々が暮らす集落でひとり浮いていたという保見の姿と重なって見えなくもなかった。未だに家の入り口には、警察によって張られた黄色いテープがそのままになっていて、保見が備え付けた、首の無い女性のトルソーが、家とは反対の道路の方角を向いて立っている。
「もうええじゃろ、何も話すことはないんだよ」
保見の家の隣りは、殺害された山本さんの家で、更地となっていた。道路標識のポールの根元に花が備えられていたが、年月の経過によって茶色く枯れていた。さらに歩いていくと、貞盛さんの家があった場所についた。焼け焦げた材木が今も家のあった場所にそのままになっていた。そこから保見の家の方角に戻り、更に5分ほど歩いただろうか、川沿いに建つ、石村さんの家に着いた。当然だが人の姿は無い。集落に入ってから、人の姿を見ることはなく、川のせせらぎの音だけが響いてくる。河村さんの家へと向かっていたら、川沿いの畑に初老の男の姿があった。集落に入って、初めて見る人の姿だった。道路端にある幅3メートルほどの狭い畑には、赤い唐辛子が植えられていて、男は唐辛子を収穫しているようだった。
「最近は、イノシシや猿がようけ出てきて、食ってしまうから、まともな野菜は植えておけんのよ。やつらもさすがにこればかりは食わんのじゃ」
こんにちはと挨拶をして、話のきっかけに唐辛子を収穫しているんですかと声をかけると、せせらぎの音に消え入りそうな声で言ったのだった。
それこそ、何百人と私のような取材者が訪ねてきて、男は私が何者かとっくに気がついているだろうが、
私は取材に来たと告げ、保見についてどう思うのか尋ねてみた。
「もうええじゃろ、何も話すことはないんだよ」
事件のことに触れると、ますます小さな声で言った。それでもしつこく食い下がっていると、ぽつりと洩らした。
「嫁さんが殺されたんだよ」
男は殺された河村聡子さんの夫だった。