2013年7月、山口県の限界集落で人口の3分の1にあたる村人5人が殺害される事件が起きた。村内でも変人扱いされていた犯人の家には、「つけびして 煙り喜ぶ 田舎者」という謎めいた貼り紙が残されていた。メディアはこぞって「犯行予告」と騒いだが、真相は違った……。いったい、この村で何が起きたのか?
ノンフィクションライターの高橋ユキ氏の新刊『つけびの村 山口連続殺人放火事件を追う』より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)
※当記事に登場する関係者は一部仮名です。
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小さな集落を襲った惨劇
2013年7月21日、第23回参議院選挙の投票日。
前月から猛暑が続く山口県周南市・須金・金峰地区の郷集落には、この日も朝から強い日差しが降り注いでいた。そよ風すら吹いていないのはいつものことだ。わずか12人が暮らす小さな山村は、周南市街地から16キロほどしか離れていないが、半数以上が高齢者のいわゆる限界集落である。
隣の菅蔵集落の田村勝志さんは、集会場「金峰杣の里交流館」で投票を済ませた。その帰りに声をかけて来たのは、義理の妹にあたる山本ミヤ子さん(79歳=当時・以下同)だった。彼女の夫は田村さんの弟だが、先立たれ、ひとり暮らしをしていた。
「ちょっと、コーヒーでも飲んで帰らんね」
山本さん宅の縁側で一緒にアイスコーヒーを飲んでいると、隣の家からいきなり大音量でカラオケが流れ、男の歌声が聞こえてきた。隣では最近、毎朝10時と夕方5時に、きまってカラオケが始まるのだ。周囲に気を遣って窓を閉めるどころか、その男はわざわざ窓を大きく開け放ち、村中に歌を響かせる。
ある男以外は誰ひとり想像していなかった
とはいえ、村人にとってはいつものことだったので、驚くでもなく、田村さんは男が歌う昔の流行歌を聴きながら、コーヒーを飲み、山本さんと別れた。
帰りの道沿いには、貞森誠さんと妻の喜代子さんが住む一軒家がある。誠さんは71歳、集落の中では中堅の年齢だが、数年前から癌を患い、1歳年上の喜代子さんが自宅で看病をしている。さきほどの男の歌声は、この家の前を通るときにも聞こえていた。
田村さんが家路に就いた頃、山本さんは同じ集落の石村文人さん(80歳)とグラウンドゴルフに出かけた。いつもの日曜日。投票があること以外普段と変わらない時間が流れていた。
夜から始まる惨劇を、集落のものは誰ひとりとして想像すらしていなかっただろう。
──ただひとり、“カラオケの男”を除いては。