「寅ちゃんの好きに生きること。それが僕の望み」
ドラマの登場人物たちはそれぞれのほんとうに望む生き方を貫いた。法を守って餓死する花岡(岩田剛典)、たとえ司法試験に落ちようと男装を貫くよね(土居志央梨)、離婚して家制度から解放される梅子(平岩紙)、朝鮮人であることを隠して日本人と結婚する香淑(ハ・ヨンス)、華族の身分制度を剥奪されながらも商売で身を立てる涼子(桜井ユキ)、戦争で車椅子生活となっても前向きに生きる玉(羽瀬川なぎ)、同性愛者であることを認識して同性パートナーと生きる轟(戸塚純貴)、10代の頃の願いどおり、生涯、専業主婦であり続けた花江(森田望智)、ひとつに定めず好きなことを全部やる優未(川床明日香)……等々。そこに通底するのは寅子の最初の夫・優三(仲野太賀)の言葉である。
「寅ちゃんが出来るのは、寅ちゃんの好きに生きることです。また弁護士をしてもいい。別の仕事を始めてもいい。優未のいいお母さんでいてもいい。僕の大好きな、あの何かに無我夢中になってる時の寅ちゃんの顔をして、何かを頑張ってくれること。いや、やっぱり頑張んなくてもいい。寅ちゃんが後悔せず、心から人生をやりきってくれること。それが僕の望みです」
『虎に翼』で描かれたテーマは「好きなように生きたい」これに尽きるだろう。寅子がいつも怒っていたのは、好きに生きたいのに生きられないからだ。寅子は、世の中への疑問や怒りをなんとかしようと、「はて?」「はて?」と声をあげ続けていた。なにごとも自分で決めたい。だから、口を出されると、それが善意であってもゆるさない。
『虎に翼』がこれまでの朝ドラとは違うとすれば、こんなふうに主人公がずっと不機嫌で眉間にシワを寄せ続け、自分の進路を阻む者には容赦なく厳しく対応していたことである。朝ドラの主人公はたいてい、つらいときでも笑顔でやり過ごす、という生き方を選択することが多かった。再放送中の『ちゅらさん』(01年度前期)はその最たるものである。暗雲を笑顔で晴らすことは人間の知性でもあるが、いまの日本はどうか。そうも言っていられないところにあるのではないか。
『虎に翼』出現より一足早く、『なつぞら』(19年度前期)では「無理して笑わなくてもいい」という生き方が提唱され、媚びないヒロイン(広瀬すず)が誕生していた。あれから7年、ついに寅子のようにつねにファイティングポーズで世の中の欺瞞に目を光らせ続ける主人公が誕生したのである。笑顔で穏便にやり過ごす処世術は『虎に翼』では「すん」と呼ばれ、いいとはいえないものとされた。
余談だが、『なつぞら』脚本の大森寿美男は00年度に当時史上最年少で向田邦子賞を受賞したが、『虎に翼』の脚本家である吉田恵里香は21年度に史上最年少で向田邦子賞を受賞している。
『虎に翼』寅子と『ナミビアの砂漠』カナが似ている
『虎に翼』を最終回まで見て、寅子が誰かに似ている気がしてならなかった。それは第77回カンヌ国際映画祭の国際映画批評家連盟賞を受賞した映画『ナミビアの砂漠』の主人公・カナ(河合優実)であった。
カナは少子化で貧しくなる一方の日本にはもはや何も期待できず、ただ生存するためだけに日々を過ごしている。そのためか非常に本能的で、だらしなく、抑圧されていて、ちょっとしたきっかけで怒りが止まらなくなる。この傍若無人さは、新しい主人公像であった。寅子もまた、本能的で、だらしなく、よく怒り、悪びれない。寅子やカナみたいな人物が「令和」の主人公なのだろう。