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 運良く時代は法改正の気運が高まった頃、それまで男性だけのものだった法律の世界に女性も参加できるようになり、寅子は法を学びはじめる。そこで出会ったのは同じ志を持つ女性たち。きれいな着物を着た賢い女子学生たちが、美味しい甘味屋に集い、社会変革を語り合う。麗しき女性の連帯、そこには希望が満ちていた。

『虎に翼』公式Instagramより

 寅子たちがまず目の当たりにしたのは離婚裁判。嫁入り道具として妻が持ってきたものまで、離婚の際に夫の財産とする法律に憤慨する。裁判では、妻が夫に大事な着物を奪われることは回避されたが、法で決められたことだからと理不尽な目に遭う人たちがいる事実は変わらない。かくしてドラマの序盤は、男女平等、日本と外国の関係(朝鮮との関わり)などにおいて、法律が必ずしも絶対ではないことを寅子は痛感する。さらに、収賄事件である帝人事件をモデルにした共亜事件では、国家と銀行の癒着が暴かれた。

 それらのエピソードを見て『虎に翼』は攻めているドラマだと視聴者は沸いた。ジェンダー平等にまつわるエピソードや実際にあった事件をよくぞ取り入れてくれたと多くの視聴者に支持された。2年前、『ちむどんどん』(22年度前期)を見た意識の高い視聴者たちが一斉に批判にまわったこととはまるで逆の光景だった。朝ドラは『ちむどんどん』で失いかけた信用を取り戻したのである。

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『ちむどんどん』(NHK公式サイトより)

『ちむどんどん』は、返還から50年のタイミングで沖縄を題材にしたドラマだったにもかかわらず、沖縄問題に触れず、どこか常識からズレた人物たちを愉快に描写したホームドラマに徹した(唯一、第71回で、沖縄戦の遺骨や遺品を収集し、家族の元に返す活動を長年行っている人物が登場した)。そのため、主としてSNS上では「報道のNHK」としてはいかがなものかという失望の声が少なくなかったのである。

 その点『虎に翼』では、三淵嘉子に関する著書を持つNHK解説委員の清永聡が司法関連の取材スタッフとして入り、取材やモデル関係者への挨拶のコーディネートまで担当し、自身の出演する情報番組『みみより!解説』『午後LIVE ニュースーン』などで史実部分の解説を行うなどしており、「報道のNHK」の面目躍如といったところだ。

 清永は『虎に翼』への参加について「外の人から『報道は』『ドラマは』と言われることもありますが、そういう区分けはあまり意味がない。総体としてNHKで良いコンテンツを作ることがすべてだと思っています」と語っている(「Yahoo!ニュースエキスパート」2024年9月26日『「虎に翼」最終週にてんこ盛り過ぎる問題をNHK解説委員に丁寧に解説してもらった』)。

 NHKが報道に強いテレビ局としての矜持をもって、ニュース以外の番組制作にも一丸となって取り組もうと考えていることが見てとれる。

裁判官のドラマと公共放送には親和性がある

 戦後、憲法が改正され、第14条で​​​​​​「すべて国民は、法の下に平等である」「人種、信条、性別、社会的身分、門地により、政治的、経済的、社会的関係において差別されない」と記された。憲法改正に涙する寅子の姿はドラマのピークでもある。ところが、まだまだ完全に誰もが平等といえず、むしろ、ますます不平等が際立っていく。夫婦別姓問題、LGBTQ、原爆裁判、少年法改正、尊属殺人、ブルーパージ……と不平等な問題はいくらでもある。

 後に出てくる原爆裁判のエピソードでは「政治の貧困を嘆かずにはいられない」(実際の判決文どおり)と、尊属殺人のエピソードでは、「無力な憲法を、無力な司法を、無力なこの社会を嘆かざるを得ない」(モデルの事件の判決文を参考にしたオリジナル。実際は「憲法とは何んと無力なものでありましょうか」)と裁判官が読み上げる。前者は政治を批判し、後者では自分たちの司法のふがいなさや、社会全体の問題でもあると反省している。歴史的な社会問題に取り組みながらも、一方的な見方にならないよう配慮してあるところはさすが公共放送である。

 実際にあった社会的な出来事は、ブルーパージ(左遷)の件のように深堀りしていないものもある。それでも、具体的に知っている視聴者は勝手に行間を埋めて問題意識を果てしなく深堀りしていくことが可能であるし、知らない人は知らないなりに知識を得ることができる。非常にうまく考えられた脚本であった。引いた視点でものごとを判断する裁判官のドラマと公共放送には親和性があるような気がする。NHKのサイトには「公共放送とは営利を目的とせず、国家の統制からも自立して、公共の福祉のために行う放送といえるでしょう」とある。