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推理小説なら、2人だけの密室で起きた殺人事件で、犯人と思われる人間には十分な動機があった場合、真犯人はその人間ではないのが「お約束」である。

ところで、本件とは離れるが、私がこれまで見てきた殺人事件について記してみたい。

1974年、私が新米編集者のときに大分県別府市で起きた殺人事件は、保険金殺人の嚆矢(こうし)といわれるものであった。

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11月17日、フェリーの岸壁から親子4人が乗った乗用車が海に転落した。妻と子供2人は亡くなったが、夫の荒木虎美氏は沈んでいく車からかろうじて抜け出して生き残った。

哀しみに暮れる夫の姿は多くのメディアで報じられ、どのようにして沈んでいく車から脱出できたのか(事故当時、荒木氏は自分は助手席にいたと主張)、再現ドラマを放送するワイドショーがあったと記憶している。

だが、荒木氏が事故直前に妻や子供たちに約3億円という莫大な保険金を掛けていたことが判明することで、事態は急転した。

死ぬ危険を冒してまでそんなことをやるのか?

荒木氏は逮捕前に多くのワイドショーなどに出演して、「死ぬかもしれない危険を冒してまで保険金殺人をするわけがない。できるというのなら、お前もやってみろ」などと否定し、無罪を主張した。

だが12月11日、保険金殺人の容疑で荒木は逮捕されたのである。

私も、いくら金が欲しいといっても、死ぬ危険を冒してまでそんなことをやる人間がいるのだろうかと半信半疑だった。

検察側は、車の鑑定で妻の膝に付いた傷と助手席ダッシュボードの傷跡が一致した(運転していたのは荒木氏だったのではないか)。車に付いている水抜き孔のゴム栓がすべて取り外されていた。事件当日の夜、事件現場前の信号機で停まっていた車の運転席に荒木が座っていたとする男性の証言などを上げたが、決定的な直接証拠を出すには至らなかった。

だが、1980年3月28日、大分地方裁判所は荒木被告に死刑を言い渡した。荒木被告は控訴したが、福岡高等裁判所は控訴を棄却して死刑判決を維持。