まるで検察が「有罪にしてください」と“懇願”したよう
「これは完全犯罪だ」
9月12日に開かれた「紀州のドン・ファン殺人事件」初公判の冒頭陳述で、検察側はそういったという。
辞書を引くと、完全犯罪とは「犯罪の証拠をまったく残さないで行われた犯罪」である。
私は高校時代に松本清張の推理小説に魅せられ、読み漁って以来、推理小説の愛読者だから、「完全犯罪」という言葉に敏感に反応してしまう。
小説に出てくる犯人の多くは完全犯罪を目論(もくろ)むが、敏腕刑事の執念の捜査と推理によって鉄壁だったはずのアリバイが崩され、巧妙な犯行トリックが明かされてしまう。
したがって、被告として裁かれるとき、検察側は「被告は完全犯罪を目論もうとしたが失敗した」というような陳述をするはずである。
私は、雑誌屋という立場から多くの事件を見てきたが、検察が冒陳で「完全犯罪」といったのは記憶にない。
この事件は裁判員裁判で行われるが、検察側は「自白も物的証拠もないが、状況証拠から鑑(かんが)みて、須藤早貴被告(28)が犯人に違いないと考えられるから、裁判員の皆さんはわれわれの苦しい胸中を察して、何とか被告を有罪にしてください」と“懇願”したように、私には思えるのだ。
事件を振り返ってみよう。
「薬物」「老人 死亡」とネットで検索
2018年5月24日に事件は起きた。「紀州のドン・ファン」と呼ばれていた資産家で好色だった77歳の野崎幸助氏が、和歌山県田辺市の自宅で急性覚醒剤中毒のために亡くなったのだ。
家にいたのは、資産目当てに野崎氏と3カ月前に結婚した須藤被告(当時22歳)だけだった。
警察は事件当初から、須藤氏を“本ボシ”と見て、野崎氏が飲んだビールグラスやビール瓶、覚醒剤の入手先などを徹底的に調べ、事件当日、外出していたお手伝い、野崎氏の会社の従業員全員、取引先などを聴取した。
また、須藤被告が結婚後に和歌山に住むことを拒み、野崎氏は周囲に「離婚したい」と漏らしていた“事実”。その後、離婚届を彼女に送っていたことも掴んだ。