無残に切断された遺体が、物のように木に吊り下げられた場面に、思わずぎょっとしてしまいます。スペインの独立戦争(1808―14)を描いた『戦争の惨禍』という銅版画集の一枚で、作者はスペイン4大画家の一人であるゴヤ(1746―1828)。このシリーズは戦争のむごたらしさだけでなく、鑑賞者も含めた人間の暗部をもえぐり出すものです。

フランシスコ・デ・ゴヤ 版画集『戦争の惨禍』39《立派なお手柄!死人を相手に!》
1863年(初版)エッチング、ラヴィ、ドライポイント、紙 神奈川県立近代美術館蔵

 スペイン人・ゴヤの作品であることを考えると、このシリーズには侵略者のフランス軍による残虐な行為と、抵抗するスペイン市民の勇敢さが描かれていると想像することができます。そのような作品も多いのですが、なかにはスペイン市民がフランス兵を引きずりまわす場面を描いた作品もあるのです。本作も生首のヒゲの形状から死体はフランス兵だと推測でき、この行為はスペイン側によるものと考えられます。

 実はこの作品の2つ前の37番にはスペイン人の遺体が木に刺された様子が描かれていて、本作とは対の関係になっています。また、各作品には画家自身が表題を付けていて、本作には「立派なお手柄!死人を相手に!」とあります。敵とはいえこのように死体を損壊し辱める行為を皮肉って「立派」と言っているわけです。つまり、この一枚からも、ゴヤが侵略者批判と自国賞賛といった単純な図式で本シリーズを表現しようとしていたのではないことがうかがえるのです。

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 ゴヤが本作の場面を実際に見聞したかどうかは分かりません。ゴヤは当時すでに60代で、しかも病気のために聴力を失っていたこともあり、おそらくは伝聞・他の作家による絵画表現からの情報に想像力を加えて生み出したイメージだと思われます。

 人体の表現が古代彫刻のように非常に均斉がとれた姿に描かれていることからも、見たままを描いたのではなく、象徴的な意味合いが込められていそうです。

 画面全体の構図はよく練られていて、右上から左下への対角線を主軸に、全てのパーツがジグザグ状に斜めに配置されているので、その流れに沿って画面内をくまなく巡ることができます。もし、このような英雄的な体躯の遺体が直立姿勢で描かれていれば、キリストの磔刑図のような厳かさが生まれていたでしょう。しかし、この無造作な配置により、尊厳がはぎとられた印象がより強まっています。

 画家が『戦争の惨禍』を制作するにあたって銅版画技法を選んだのは、白黒の表現がテーマに適していたこともあるでしょうが、戦時中で画材が十分に確保できなかったことも考えられます。また、使用された技法のうちのラヴィは銅板に直接酸を塗って腐食させる珍しい方法で、面的に淡彩で塗ったかのような表現ができます。

 このような残酷な絵を見るとき、一体どういう視点で見ればいいのだろうと困惑しないでしょうか。同時に、むごいイメージに好奇心を刺激される面も否定できないところがあります。見ている自分にも潜む危うさに思い至るとき、ゴヤに見つめ返されている気がしてくる一枚です。

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コレクション展「ゴヤ版画『気まぐれ』『戦争の惨禍』」(後期:『戦争の惨禍』)
神奈川県立近代美術館にて10月20日まで
http://www.moma.pref.kanagawa.jp/exhibition/2024-a-collection1