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 毎晩、彼女が寝静まった後に、僕は寝室で自分を責める日々が続いていた。机に向かい焼酎のグラスを傾けながら、カミさんの介護について、心の声を思いつくままにノートに吐き出す。

「ペコは今、幸せなのか? 

 それは本人次第なんだから……。

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 幸せかどうか、恵まれているかどうかは自分が感じることだから、俺には計り知れないし、答えはないんだよ。

 人間、年とともに寂しさが募る。年を取ると、無情にも寂しさが募る。

 今夜も酔っちまった。

 きっとまた、酔いつぶれて眠ることになるんだろう。

 またひとつ、諦めが増えた。

 その分、酒を飲む量が増えた。

 どこか悪くなってるかもなと思いながら、今夜もまた飲んでいる」

 いつの間にやら、一日1杯と決めていたはずの焼酎は、次第に2杯になり、3杯になり……。不思議なもので、いったん後ろ向きな気持ちが胸に湧いてくると、人はどこまでもマイナス思考に陥っていく。

 なぜ、うちのカミさんが認知症になってしまったのだろう? あんなに賢くて、記憶力抜群で、話も料理も上手だったペコが……。

「ドラえもんを卒業せずに続けていたら…」

 次第に僕は、考えても仕方のない悪いことにばかり、思いを馳せるようになっていた。

「あのとき、『ドラえもん』を卒業せずに続けていたら、今頃どうなっていただろう?」

 長年、演じ続けていた『ドラえもん』を引退したことで、気持ちが緩んでしまったのではないか、と考えたこともあった。

 もちろん、『ドラえもん』の卒業と認知症とは、医学的になんの関係もないことぐらいは分かっている。けれど僕は、「なぜ、うちのカミさんが……」という心の問いに、無理やり答えを探さずにはいられなかったのかもしれない。

『ドラえもん』をやっていた頃の緊張感、それに、専門学校で教壇に立っていた頃の責任感――。

 そういう日々の張り合いがなくなったとき、人はふと、カミさんのように、心の隙間ができてしまうのかもしれない。

 そんなことを、ぼんやりと考えていた。そんなことをしたところで、なんの意味もないことは分かっているはずなのに……。

「認知症の妻を抱えた夫が、心中を図った」