怒りからの解放はまだ修行途中
――あまり怒らなくなったそうですが、映画作家ですと「(作品作りに)怒りは必要だ」とか「もっと怒れ」と言われたりしませんか。
想田 しますね。でも、それは怒りに対して誤解があるからです。何かに対して怒りを持って強い態度を示すことが必要だと思われがちですが、怒りには必ず暴力性という副作用が伴います。「バーカ」と言われてムッとして「バーカ」、「バカ、バカ」と言われてさらにムッとして「バカ、バカ」と言い返すように、必ずエスカレートします。怒りを持っていると力が出るし、伝播しやすいから、社会運動をする時などに便利ですが、怒りを使わずに非暴力的、平和的に対処することが大事だと思っています。その方が社会運動もうまくいくと思います。
――怒りっぽくなくなって、ご家族は喜んでいますか。
想田 どうでしょう。実は今も夫婦ゲンカはしょっちゅうしているんです。理由は「何でここに物を置くのか」とか、くだらないことです。でも、一度ムカッとしても、自分のその怒りを平静に観察すると怒りは弱まってきます。怒りが弱まって、怒りによる支配から解放されれば、言い方を変えて言えたりするんですけどね。まだ修行途中ですね(笑)。
そうだ・かずひろ 1970年、栃木県生まれ。東京大学文学部卒。スクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科卒。台本やナレーションを用いない「観察映画」の手法でドキュメンタリー映画を作り続ける。主な作品に『選挙』『精神』『港町』など。フォトエッセイ「猫様」(ホーム社)も10月18日に発売。
『五香宮の猫』【イントロダクション】
瀬戸内の港町・牛窓。古くから親しまれてきた鎮守の社・五香宮(ごこうぐう)には参拝者だけでなく、さまざまな人々が訪れる。近年は多くの野良猫たちが住みついたことから「猫神社」とも呼ばれている。伝統的なコミュニティとその中心にある五香宮に、台本やナレーションを用いない独自の手法でドキュメンタリー映画を作り続ける想田和弘監督がカメラを向けた「観察映画」第10弾。
【ストーリー】
2021年1月、映画作家の想田和弘と妻でプロデューサーの柏木規与子は27年間暮らしたニューヨークを離れ、瀬戸内の港町・牛窓に移住した。新入りの住民で猫好きの2人は、地域が抱える猫の糞尿被害やTNR(不妊・去勢手術)活動、さらには超高齢化といった現実と関わっていく。