「日本で受け子をしていた女だ」幹部から寺島を紹介された
マニラ市内にあるウエスト・マカティ・ホテル。2019年当時、渡辺らが現地の実業家から約7億円で購入する契約を結んだとされる詐欺の拠点だ。渡航当日、同ホテル7階に連れて行かれたX子は「大石」と名乗る幹部を紹介された。不安に苛まれながら「フランスの音楽院に行くためにお金がほしくてやってきた。20万~50万円はほしい」と話すと、大石はこう言い放った。
「それなら、1カ月で稼げる。俺たちは犯罪者だから。クズだから!」
その日、「青木」という偽名を与えられたX子は、その翌日「春日井」と名乗る細身の美女を紹介される。その女性こそ、同時期にフィリピンに渡航した“新入り”の寺島だった。そのとき、X子はメンバーにこう伝えられたという。
「春日井は日本で受け子をしていた女だ。だから、“わかっている”」
階下の殺風景な一室。その日を境に2人は同室で寝食を共にし、昼間は詐欺に手を染めるようになる。
「これは掛け子の業務報告をするためのものだから」
大石から2人に手渡されたのは、秘匿性の高いアプリ「テレグラム」がインストールされた携帯電話だった。細分化された組織の中で、彼女たちが所属していたのは「ST箱」「シークレット担当」と呼ばれていた。支給される生活費は、週5000ペソ(約1万円)。組織の中では「週給費」と呼ばれ、週の始まりに手渡しでメンバー全員に支給されたという。
「うまくいかなかったら水着で出勤しろ!」
X子は証言台で次のように語る。
「私はこれからどういうことをするのだろうとわからなかったので不安になっていたんですが、春日井さんはおおらかにしていた。だから、彼女は『何をやるのか』、わかっているのだろうと思っていました」
翌4日早朝、幹部は掛け子が一堂に会した朝礼で2人をメンバーに紹介した。
「今日から新人として入った青木と春日井だ」
そこでX子と寺島は2台目の携帯電話と共に、紙の束を手渡される。
〈こちらは、警視庁公安課の◯◯です。捕まった犯人の所有物からあなたの銀行キャッシュカードから現金を引き出している形跡がありました〉
掛け子が高齢者に電話をかける際の事例が書かれた詐欺マニュアルである。
「それを見て、高齢者相手に騙しの電話をする仕事なのだと思いました。マニュアルは春日井さんも受け取っています」(X子)
その日、X子は詐欺グループ内で寺島が厚遇されている現実を垣間見る。X子に背を向ける形で座って、電話をかける寺島の隣に張り付き、手法を伝授する男。付きっきりで詐欺を仕込み、エリートとして育成していく意図を感じたという。だが、彼女たちは同時に恐怖と金に支配された環境に身を置くことになる。
「明日詐欺がうまくいかなかったら水着で出勤しろ! 成功したら10万円やる」
寺島らの歓迎会を開いた幹部は、そう命じたという。