被害総額60億円と言われている広域特殊詐欺事件、通称「ルフィ」事件。実行犯となった若者たちはなぜ、日本を震撼させた犯罪に手を染めてしまったのだろうか?

 ここでは、実行犯たちの素顔に迫ったルポルタージュ『「ルフィ」の子どもたち』(扶桑社新書)より一部を抜粋。「かけ子」として特殊詐欺に加担し、SNS上で「ナミ」と呼ばれていた熊井ひとみ被告。「名士」の子女とされていた彼女が、犯罪に関わるようになった経緯とは――。(全2回の1回目/2回目に続く)

※本文中の敬称等は略し、年齢、肩書などは原則的に事件当時のもの

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写真はイメージです ©アフロ

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「熊井さんちのお嬢さん」と呼ばれていた

 寺島と同様に「ナミ」と呼ばれた女がもうひとりいる。

 空港で、フラッシュの放列のなか、オーバーサイズのパーカを目深に被り、腹部を気にするそぶりをみせつつ、ゆっくりと歩いていた女、熊井ひとみだ。

 東京・三鷹市に生家がある熊井も、地元では「名士」の子女とされ、近所からは「熊井さんちのお嬢さん」と呼ばれていた。

 熊井の祖父は林業従事者の労働組合から、かつて存在していた社会党右派が結党した政党、「民社党」所属として高知県議に立候補して当選。1999年の選挙で、31票差で落選するまで、5期を務めた記録が残っている。祖父は落選後、熊井の父に当たる息子夫婦、そして熊井と同居するため、高知から三鷹に居を移した。

2浪の末、多摩美術大学に入学

 サラリーマンの家庭ではあったが、祖父の庇護もあり、熊井は幼少期から英語教室に通い、海外にホームステイに行くなど、十分な教育を受けていた。

 小学校の卒業アルバムには将来の夢として「通訳」を挙げ「夢をかなえるためには努力することが不可欠とわかりました。語学や教養を身につけて、少しずつ夢に向かって突き進んでいこうと思います」とけなげな思いを記している。

 その後も周囲からはコツコツと勉強するようなおとなしいイメージで見られていたが、高校を卒業すると、2018年、2浪の末に美術系大学の名門、多摩美術大学に入学している。

 そんな熊井は入学早々、イメージを払拭するような意外な行動に出る。