被害総額60億円と言われている広域特殊詐欺事件、通称「ルフィ」事件。実行犯となった若者たちはなぜ、日本を震撼させた犯罪に手を染めてしまったのだろうか?
ここでは、実行犯たちの素顔に迫ったルポルタージュ『「ルフィ」の子どもたち』(扶桑社新書)より一部を抜粋。組織の幹部として暗躍した柴田千晶被告。なぜ彼女は“ルフィグループ”に入り、幹部と呼ばれるようになったのか――。(全4回の3回目/4回目に続く)
※本文中の敬称等は略し、年齢、肩書などは原則的に事件当時のもの
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錦糸町での取引
2019年6月某日、初夏と呼ぶには早い季節だが、太陽が照りつけるその日は、真夏のような1日だった。
多国籍料理店が立ち並び、異国情緒を内包する東京・錦糸町はその雰囲気とも相まってより暑さを感じるような街だ。
この日、フィリピン人のKが来日し、この街にやってきていた。年齢は50代、ブランド物の鞄を抱え、パリッと織り目正しくスーツを着たKはビジネスの成功者としての雰囲気を醸し出していた。
スーツケースには帯封で括られた札束が
来日の目的はただひとつ。Kはそれを果たすため、錦糸町駅近くにある19 階建てのホテルの一室で通訳とともに、ある人物を待っていた。
部屋のチャイムが鳴り、待ち人が現れたのは約束の時間きっかりだった。
ドアを開けて入ってきたのは、妖麗な雰囲気を醸すひとりの女。手にはその雰囲気に似つかわしくない無骨なスーツケースを抱えていた。女はKに初対面の挨拶と来日をねぎらう言葉をかけるや、傍にいる通訳はただちにそれを訳し伝えた。
Kの表情が少し和らぐのを見るや、女は傍らのスーツケースを開けた。帯封で括られた1万円札の束が並んでいた。女はそれを1つ1つつかんでテーブルに置いていった。
Kはそれを丹念に数え始めた。1束1束、1枚1枚。十数分後に約束どおり、数千万円の現金があることを確認すると、女に握手を求めた。