被害総額60億円と言われている広域特殊詐欺事件、通称「ルフィ」事件。実行犯となった若者たちはなぜ、日本を震撼させた犯罪に手を染めてしまったのだろうか?
ここでは、実行犯たちの素顔に迫ったルポルタージュ『「ルフィ」の子どもたち』(扶桑社新書)より一部を抜粋。「かけ子」として特殊詐欺に加担し、SNS上で「ナミ」と呼ばれていた熊井ひとみ被告。彼女が特殊詐欺グループから逃げ出さなかった理由とは――。(全2回の2回目/1回目から続く)
※本文中の敬称等は略し、年齢、肩書などは原則的に事件当時のもの
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「親兄弟に危害を加える」という脅しに屈する
マニュアルと電話番号が載った名簿を渡された。最初に見た入れ墨の男と同様、電話をかけるよう指示された。しかし熊井はここで「ささやかな抵抗」をする。机に突っ伏すと、微動だにしなかったのだ。
すると、すかさず手元の電話が鳴る。渋々出ると、ルフィグループの幹部である渡邉からだった。
「あのね、日本の住所もわかってるんだよ……」
冷淡な口調に恐怖を搔き立てられた。それは言外に「親兄弟に危害を加える」という脅しだと理解した。熊井は屈した――。
「娘が何か犯罪組織に加担しているのでは」疑念を深める母親
軟禁状態と思われる環境下に暮らす一方で、この魔窟から逃げ出す手段と機会が熊井には“与えられていた”。フィリピンで「かけ子」として働かされていた多くの若者が、スマホをルフィグループに取り上げられていたのに対し、なぜかスマホの使用を許されていたのだ。それもあってか、日本にいる母親とは定期的に連絡が取れた。
当初は2~3週間と母親に言っていたフィリピン滞在が、また数日と延びるたびに連絡を取り、その旨を伝えていた。それを聞くたび、母親は疑念を深めていった。
国内でのオレオレ詐欺の報道をみるにつけ、母親は娘が何か犯罪組織に加担しているのでは、と思っていた。それを問いただすと娘は「警察には言わないで」と懇願した。
命の危険があるかもしれないと思い、母親は具体的なアクションをためらってしまう。