身の回りのブランド物の数と反比例するように、大学への出席日数は減っていく。そして、ミスコン挑戦からわずか1年ほどで、2浪してまで入った大学に通わなくなり、ひっそりとキャンパスから去っていった。
「1か月で50万円、100万円を稼ぐ人もいる」と勧誘される
美大生という肩書を放棄した熊井は、アルバイトを始めようと思い立ったようだ。その時に頼った人脈は、ミスコンのときにDM(ダイレクトメッセージ)を送ってきたひとりで、大学生ながらキャッチをしていたSだった。そのSとはウマが合い、いつしか食事に行く関係になっていたSが最初に熊井に紹介した仕事はキャバクラだったが、熊井は興味を示さなかった。
それならばとSが紹介した仕事は、「テレフォンアポインター」というものだった。そのアルバイト先は海外、フィリピンだというのだ。
「1か月で50万円、100万円を稼ぐ人もいる」とSは甘言をささやき、「簡単に稼げる仕事だ」と熊井を執拗に勧誘する。
「それは大丈夫な仕事なの?」と熊井は訝しむ。
「大丈夫、自分の知っている人がやっている仕事だから。とりあえず1か月だけでもいいからやってみたら?」
そう言われても、懸念は払拭できない。しかし結果として、熊井はカネとSの言葉に屈した。得意の英語を活かせる機会があるかもしれない、そんなきれいごとで不安を打ち消した。
一心不乱に電話に向かい、警察官をかたる男たち
ミスコンから1年半後の2019年10月、熊井はフィリピンの地を踏んだ。しかし、案内された「アルバイト先」で熊井は耳を疑うような言葉を聞くことになる。
「もしもし、私は●●警察署の警察官の◯◯と言いますが……」
肩から入れ墨をした男、髪やひげが伸び放題の男たちが一心不乱に電話に向かい、警察官をかたっている。突如、怒鳴り声が聞こえてくることもあった。電話の向こうの誰かを脅すような口ぶりだった。
「話が違う!」。熊井はすぐにSに連絡を取った。怒気を込めて追及し、帰国を申し出たがのらりくらりとかわされた。
「まぁまぁ、たった1か月だからさぁ」
熊井はこの時、自分が「だまされた」ことを悟った。