猛毒サリンを使った無差別テロ「地下鉄サリン事件」からおよそ30年。『警視庁科学捜査官』(文春文庫)より一部を抜粋。著者で科捜研研究員だった服藤恵三氏が取材を受けたNHK「オウム VS. 科捜研 ~地下鉄サリン事件 世紀の逮捕劇~」(新プロジェクトX〜挑戦者たち〜)が10月26日に放送される。本書ではオウム真理教教祖・麻原彰晃(松本智津夫)逮捕のためサリン製造の全容解明に尽力した知られざるドラマに迫る。(全4回の2回目/#3に続く)

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病院からの切迫した電話

 何よりも、被害者への対応を急がなければいけない。早く現場に知らせないと、被害者の数がどんどん増えてしまう。医療現場にも情報を開示しなければ、緊急処置や初期治療に誤りを生じる恐れがある。

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オウム真理教による地下鉄サリン事件で地下鉄駅構内から運び出される乗客(東京都港区の営団地下鉄神谷町駅) ©時事通信社

 部屋に戻って検査結果のメモを作成し、急いで報告しようと所長室へ向かった。廊下を小走りしているとエレベータの扉が開き、管理官が出てきた。

「管理官、サリンを検出しました」

 それに対する言葉はなく、「どこに行くんだ?」と訊かれた。

「所長のところへ報告に行くところです」

「ちょっと待て。俺が行く」

 そこでメモを渡したが、管理官は所長室に向かわず、鑑定室へ戻って行く。

「早く報告したほうがいいと思います」

「待て。霞ケ関駅から採取した資料を、これから検査させる。その結果と併せて報告する」

「異同の可能性も大事ですが、まずは一報を入れないと、現場の被害が拡大すると思います」

 すると突然、「ガツガツするな!」と怒鳴られた。

 2つ目の資料の検査を部下が行なっている間、テレビのニュースを見ていると、消防庁からの情報として「現場に撒かれた毒物はアセトニトリルらしい」との報道があり、毒物の専門家がコメントを始めていた。

「これはまずい。ミスリードになってしまう」

 何とも言えないイライラと、抑えられない感情が湧いた。