外食も一人、ショッピングも一人、旅行も一人、映画や公演、ゲームを楽しむのも一人が一番楽しいし、満足できる。久しぶりの休日にはあえて一人で過ごし、一人でいるときはわざわざ誰かに連絡しようとは思わない。一人客用のサービスを提供している食堂は多いし、マートやコンビニには一人分の食材やインスタント食品がずらりと並ぶ。一人カラオケが最初に登場したのも、一人焼肉の専門店が人気を集めているのも日本だ。多様化の進んだ消費社会なので、一人だからという理由で我慢しなければならない不便さもあまりない。「一人のほうが気楽でいい」という、純粋に個人主義を好む傾向から生まれた風潮だ。
一方、日本は集団主義の伝統が強いので、みんなで何かを一緒にする文化も根づいている。
職場や団体では会食や会合も頻繁に開かれるし、「祭り」もしっかり定着している。田舎だけでなく都会でも、住民がみずから企画し参加する大小さまざまな祭りが盛況だ。
実は、多くの日本人が、他人と一緒に何かをする場を好み、心から楽しむ。なにぶん日常生活のあらゆることを一人でする文化なので、時には寂しさや孤独感を振り払いたいという気持ちもあるのだろう。日本のおひとりさま主義は、韓国のような、「何でも一緒にする」慣行への反動ではないのだ。
コロナ時代、「おひとりさま主義」の明暗
日本は、グローバルパンデミックに比較的うまく対処した国だ。人口あたりの新型コロナの致死率が韓国の3倍以上なので(2022年3月末現在、韓国0.13%、日本0.44%)、韓国人の目には深刻な状況のように見える錯視効果がある。だが、世界各国の指標と比較すると、日本は感染率も致死率も低いほうだ。ただ、デジタルインフラを活用して積極的に対処してきた韓国に比べ、日本政府は、感染者を選別するPCR検査の数を増やすことに消極的だった。
ただ市民に協力を要請するばかりで、時宜にかなった対策を講じられなかったという点で、非難の声が大きかった。
それでも、日本ではコロナ禍が最悪の事態に至ることはなかった。その理由をめぐっては諸説あるが、中には日本の個人主義的文化に着目したものもある。外食もショッピングもおひとりさま族が多いうえ、普段からあまり物や場所を共有しない文化的慣行のおかげでウイルスが伝播しにくかった、という仮説だ。日本文化のそうした一面が感染対策としてどれほど効果的だったのかはわからないが、「ソーシャル・ディスタンシング」を実践するうえではけっこう有利だったのかもしれない。
目に見えないウイルスと戦ううえでは有利かもしれないが、おひとりさま主義もポジティブな面ばかりではない。日常生活での問題を自分一人で解決することに慣れているため、みんなでともに悩むべき社会的な事案を個人の問題と捉えたり、外部の支援が必要なケースでも他人に助けを求めず孤立したりといった状況が、比較的頻繁に生じる。おひとりさま主義路線を貫くのは個人の自由だが、「ともに生きる暮らし」の利点をみすみす放棄するのは、個人にとっても社会にとってもけっして健全な選択とは言えない。