2022年、日本の文化や社会について論じた本が韓国でヒットした。「日本という鏡を通して韓国を知る」ことを目的に書かれた本だ。
東京で18年間暮らした経験を持つメディア人類学者の金暻和さんによって書かれたその本は『韓国は日本をどう見ているか メディア人類学者が読み解く日本社会』(牧野美加訳/平凡社)というタイトルで日本でも刊行された。ここでは本書より一部を抜粋して紹介。
スピードを重視する韓国に対し、日本社会には完璧主義からくる「のんびり」の傾向があるという。その違いはそれぞれの社会にどのような影響を与えるのだろうか。(全4回の2回目/最初から読む)
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ディテールを重視する日本社会の「のんびり」とは
暑い地域では、人々の性格はおおむねのんびりしている。歩く速度もゆっくりで、仕事のペースもスローだ。なにしろ暑いので、せっせと動くとすぐ疲れてしまうし、人との感情的な衝突も起きやすくなる。そういう社会での「のんびり」は、ともに暮らすための美徳なのだ。また、プライベートな生活をエンジョイするのが何よりの幸せ、という社会もある。そういう社会では、私生活を放棄してまで勤勉に働く「アリの人生」は無意味だという価値観が広まっている。社会はゆっくり回っていき、発展も遅いけれど、人々の表情は穏やかだ。そこでの「のんびり」は、より幸せな人生のために甘んじて受け入れる不便さだ。一口にのんびりと言っても、どれも同じ「のんびり」ではないのだ。
日本社会の「のんびり」は、何事も徹底してやろうとする完璧主義からきている。新しいことを始める前には、まず「時計」を止める。あらゆる可能性を綿密に分析し、先々起こり得る予期せぬ状況にあらかじめ備えておかないことには落ち着かない。ひとたび事が始まると「時計」が動きだしはするが、何事にもディテールを重視するため、せっせと動いているわりに、なかなかはかどらない。良く言えば徹底していて、悪く言えば効率が悪い。日本では、結果よりもプロセスやディテールを重視する傾向があるのだ。
たとえば、東京に、予約の取れないことで有名な寿司屋がある。高級店に比べると手頃な値段ですばらしい寿司が食べられると評判で、人気沸騰中なのだが、なんと席が3席しかないという。ネット上の最新の噂によると、現在、8年後でないと予約が取れないそうだ。目まぐるしく変化するこの世の中で、8年後とは! 来店客が多いなら店を広げるなり、売上を上げるための工夫をするなりしてもよさそうなものだが、大将は「3人のお客様だけに最上のサービスを提供したい」と、初心を曲げようとしない。
日本で暮らしはじめたばかりのころは、こののんびりした完璧主義になかなか慣れなかった。
振り返ってみると、私自身にも、できるだけ速く結果を出すのが良いという考え方が、意外と深く根づいていたようだ。実際、スピードと勤勉さを重視する韓国では、のんびりしているというと、怠けている、効率が悪い、といったネガティブな言葉を思い浮かべがちだ。だが、日本の「のんびり」は別の文脈で読む必要がある。寿司屋の大将の頑固さは、怠けているのとはわけが違う。むしろ、完璧主義を追求する勤勉さからくる「のんびり」なのだ。