「恋愛で生き直す」思想を信じた団塊世代
まじめに仕事をし、妻を誠実に愛してきた人生だった、そのことを恥じることはない。だからこそ出会った女性との「恋愛」に、まじめで責任ある態度で臨みたいのだ。妻とは愛しているから結婚したのであり、何度も同僚から女性との遊びに誘われたが妻を裏切ると思うと断るしかなかった。
定年退職後、やっと妻との時間もとれるようになり、これから長い老後をともに生きていくつもりだった。その道はずっと先まで見通せる気がした。健康でありさえすれば、経済的にも不安はない。
しかし彼らの中で強烈に蠢く衝動もある。会社のため、妻のために生きてきた人生をリセットしたい、第二の人生を思いどおりに生きたい、体力だって気力だって20代のころと遜色ないような気がする。そんな彼らから発散されるエネルギーが、まるで触手を伸ばすかのように新しい出会いをつくる。求めよ、さらば与えられん、である。
恋愛(異性との出会い)で生き直す、どこかで聞いたセリフである。そう、これぞロマンティック・ラブ・イデオロギー(愛と性と結婚の三位一体説、RLI)の中核になっている思想なのだ。本書では、RLIを信じたのは団塊世代の女性のほうだったと述べてきた。しかし団塊世代の男性の中には、RLIを信じている人たちもいたのだ。
仕事中心の生活を送って、浮気は男の甲斐性とばかりに遊び、妻や子どもに対して何の関心も払わなかったにもかかわらず、定年退職後は妻のご機嫌をとって老後の生活へのソフトランディングを図る。
あまりにありふれた姿のどこにもRLIは感じられない。しかしアケミさんの夫のように、妻と誓った愛を全うしようと努め、妻と協力して子育てに関与し、家族中心であろうとした男性もいたのである。
彼らにおけるこのようなRLIの残滓が、定年退職後の「恋愛」への没入と「生き直し」という言葉につながったと考えられないだろうか。